水瀬親子マーダー化計画(w


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「お姉ちゃーん、真琴お姉ちゃーん」
椎名繭(046)は先ほどまで、眠りにつく前まで一緒だった少女の声を呼びながら歩きつづける。
「真琴お姉ちゃーん…みゅー、いない…。」
あのつり橋脇の草群でずっと眠っていた繭だったが、島全体に放送が流れ、その音で繭は目を覚ました。
そして、自分が一人きりなのにきずいたのである。
「みゅー、お姉ちゃーん、ぐすっ。」
一人きりは怖くて、心細くて、でも、繭は泣くのをこらえていた。
それは面倒を見てくれた真琴が、自分の前で泣くのをがまんしているのを繭もなんとなくわかったからである。
だから、繭は泣かない。泣かないで真琴を探している。
『繭にもぴろを抱っこさせてあげる。』
そんな風にお姉ちゃんは約束してくれたのだから。きっとまた会えるはずだ。
「ぐすっ。真琴お姉ちゃーん。」
だけど、そんな風に大声をあげながら歩くことはとても危険なことで、
その呼びかけに答えた人は、真琴ではなかった。

「真琴?真琴を探しているの?」
「みゅ!?」
背後から声をかけられて、繭は振り返った。
視線の先にいたのは長い髪をしたちょっとのんびりしたかんじのきれいなお姉さん。
「君は、真琴を探しているのかな?」
その声はとても穏やかで間延びした声なのに。
「みゅー…うん…」
なのに繭はその人が好きになれなかった。それはその人の髪が多少乱れている性かもしれないし、
その目が少しうつろだったせいなのかもしれない。
「ふーん。えっと、お姉さんに名前教えてくれるかな?」
その人は繭の方に近づいてくる。
「…繭…」
「繭ちゃんだね。私は名雪、名雪だよ。」
その人はそう名乗って繭のほうへ両手を伸ばす。
「繭ちゃんはなんで真琴のこと探してるのかな。」
名雪の両手が眉の頬に触れる。
「みゅー…猫さん抱っこさせてくれるって約束してくれたから…」
「ふーん、猫さん?お姉ちゃんも好きだよ猫さん。でもね、」
そのては繭の頬をなでるように下におりて。
「約束を守るのは無理だと思うな。だって…」
あごを通過して首筋へ。
「私が殺しちゃったから。」
そして、その手に力がこめられる。
悲鳴をあげようとする繭、だけどつぶれたような声しか出なく、それにもかまわずギリギリ、と名雪は力をこめる。
「真琴がいけないんだよ、私悪くないもん、あんなやつ死んで当然だもん。」
その声は穏やかなままで、その顔はとてもきれいなままで。
「繭ちゃんもそうでしょ、きっと私を傷つけるんだ。」
抑揚のない声で名雪はしゃべりつづけるが、その声はもうほとんど繭には届かない。
もう、ほとんど名雪の顔が見えない。
だけど、次第に暗くなっていく視界の中で、
横から何かが飛んできて、名雪の頭に直撃した。

天沢郁未(003)は森の中を泣きながら走っていた。
葉子を探すために耕一たちのところから衝動的に飛び出して、自分のバックを引っつかんで走りつづけている途中で聞いていしまったのだ。自分の母の死を告げる放送を。
(お母さん、お母さん、お母さん、お母さん)
心の中で叫びながら、郁未は走り続ける。
もう息は上がって、足もそろそろ限界で、そもそもこんな風に無防備で走りつづける事が危険だとわかっているのに、
それなのにこんなふうに走っていなければ自分がどうにかなってしまいそうで。
(むちゃくちゃだ、私。)
今まで共に行動してきた仲間をほっぽりだし、怪我している由依のことも考えず、何のあてもなく葉子さんを探す。
『刹那的な感情で行動するべきではないよ。』
かつて少年にそういわれたのに。
(どうしたらいいの、ねぇ、どうすればいいの)
そんなふうに走る郁未は、危うくその光景を見逃すところだった。

「…!!冗談でしょ!?」
一人の少女がもう一人の少女の首をしめている、その光景がとりあえず郁未の心を静めてくれた。
方向を変えてそちらのほうへ向かう郁未、だが、間に合うかわからない。
郁未は走りながら地面から手ごろな石を拾い上げると、首を締めている少女、名雪のほうに投げつけた。
ゴッ、
牽制ぐらいになってくれればいい、と思ったその石は、しかし名雪の側頭部に直撃し、そんな鈍い音を立てる。
グラリ、と体がゆれて、名雪は横向きに倒れた。
郁未はそれでも油断せずに自分のバックから手斧(未夜子があの時おいていったものだ)を取り出すと、それを構えて二人の前に立つ。
長い髪のきれいな女の子の方は頭から一筋の血を流して倒れている。ピクリとも動かない。
「うそ…殺し、ちゃったの?」
あんな石があたるとは思えなくて、自分の力加減がどうっだたかなんてもう思い出せない。
「みゅ…」
呆然としていた郁未は、その声に慌てて振り返る。
「みゅー…けほっ、けほっ」
もう一人のもっと小さい女の子の方は激しく咳き込んでいる。意識も失っていないようだ。
「あなた、大丈夫なの!?」
郁未はその子に手を差し出すが、
「みゅ!」その子は驚いて後ずさりをする。
「おびえているみたいね…無理ないわ。でも無事でよかった。」
郁未は一息つくとバックと手斧を置いて、幾分かの冷静さを取り戻してもう一度倒れている女の子の方に向き直る。そうして、その子にに手をかけようとして、その場の空気が凍りついた。
「いったいこれは何の真似かしら。」
その声と共に。

「誰・・・なんですか・・・あなたは。」
声がかすれてうまくしゃべれない。
足が震えてうまく立てない。
手斧を拾って構えようとするけれど、手が汗ばんでうまく行かない。
それは恐怖、威圧、戦慄。
目の前の女性・・・少女とはいえないが中年というにはどこかためらわれる、そんな美人の人に郁未は圧倒される。
「聞いているのは私よ。一体これは何なのかしら?」
その人は頬に手を当てて、微笑みを浮かべたまま聞いてくる。
なのに、恐い。死んだ方がましだっておもえるくらい恐い。
それは繭も同じ事だった。地面に座り込んだままガタガタ震えている。
「正当・・・防衛です。」
この人を納得させるような弁明ができなければ、おそらく自分は死ぬ。
その認識が郁未の口を開かせる。
この状況下でそれが出来るというのは、賞賛に値するといっていいだろう。
「この人は、この女の子の、首を絞めていて、私は、それを、止めるために。」
その時、ガリッ、という音とともに、女性の指がその頬に食い込んだ。

「そう・・・了承しました。それは災難だったわね。」
その微笑みは消えることなく、けれど頬に赤いものが滴って。
「名雪もまいっていたから・・・ひょっとしたらこんなことになるかもしれない、とは思っていたわ。」
頬に食い込む指はぎりぎりと音を立てて徐々に下に降りていく。その女性の美しい顔を汚していく。
まるで、その部分だけが他から貼り付けられたような光景。
「なのに、一人にしてしまって。だめな母親ね、私。」
「母・・・親?」かすれた郁美の問いに、
「けどね、あなただって悪いのよ?天沢郁未さん。」その人はそう応える。
徐々に郁未との距離を縮めながら。
「なんで、私の、名前・・・」
「あら、あたったの?」
その人はちょっと笑って。
「そっくりだもの、母親に。」
「お母さんに!?あったんですか!?」
「ええ、あの人がいなければ私もすぐに名雪の後を追えたのですけどね。」
そこで、その人はぱっとしゃがみこんで何かを拾ってそれを郁未の方へ投げつけた。
郁未はすんでのところでそれ、石、をかわす。けどそれでそのひとを一瞬見失ってしまって。
「ひっ!?」
横手の風きり音に、郁未は悲鳴とともにしゃがみこむ。
その上を小太刀が通過して、それをかわしたと認識するよりも早く、低くした郁未のあごに蹴りが飛んだ。
「ぐあっ!?」蹴り飛ばされる郁未。
けれどそうされながら反射的に郁未は手斧を横に振った。
手斧を手放さなかったのは奇跡といっていい。
その動きは女性にとっても多少の驚きではあったのだろう。
軽く後ろに飛んでそれをかわし、郁未との間合いをあけた。
(殺される、私殺される、なんで知ってるのお母さんの事、殺される、お母さん、私殺される、お母さんひょっとしてこの人に、)
恐怖と疑問で郁未の頭は飽和寸前。そして、
「あら、母親よりは反応はいいようね。」
その声で郁未の頭は真っ白になった。

「あの・・・お母さんの・・・ことなんですけど・・・」
秋子は郁未の声に今までと違う響きがある事に気づいた。
「あなたが、お母さんの事、殺したんですか?」
途切れ途切れに郁未はそういいながら、しゃがみこんで前に手をつく。
秋子は郁未の問いに、「ええ、そうよ。」と応えた。
未夜子に与えた傷が致命傷のものだったとは思えないが、死んだという事はそういう事なのだろう。
「そうですか・・・」
郁未はしゃがんだまま腰を上げて、極端な前傾姿勢をとる。
それは、クラウチングスタートの姿勢に良く似ていた。違うのは手に斧を持っているという事だけ。
「あなたが、殺したんですね。」
その声に秋子は自分が震えている事に気づいた。
(おびえている?私が?)
「あなたがああああああああ!!」
裂ぱくの気合というには猛々しすぎる雄叫びを上げて、郁未は放たれた矢のごとく飛び出す。
その加速に乗った手斧の一撃は、
重く、強く、速く。
ギィインッという激しい音、
飛び散る火花、金属破片、
ガードした秋子の小太刀はいともたやすく破砕する。
それでも、秋子はその渾身の一撃をかろうじて流す事に成功した。
それで、小太刀は手から跳ね飛ばされてしまったけれど。
突進の勢いで激突する両者。
秋子は痛んだ手で、2撃目が来る前に郁美の手首をつかんだ。
ギリギリギリと互いの歯ぎしりが聞こえそうな距離で、両者は腕に力を込める。睨み合う。
とても醜い顔、秋子はそう思った。
怒りと、恐怖が郁未の顔を醜く歪めている。
自分もきっと同じような顔をしているのだろう。
いまや、二人は対等だった。
対等な力量。
対等な恐怖。
対等な威圧。
対等な怒り。
対等な憎悪。
「私は・・・あなたを・・・死んでも・・・殺したい。」
食いしばった歯のあいだから郁未はいう。
それは私も同じよ。秋子は声に出さずそう応えた。
そう、その殺意も対等。
そのような二人が戦うならば、
(どちらかは必ず死ぬわね?郁未さん。)
けれど、次の郁未の声は秋子の予想に反したものだった。

「あなたを・・・殺すためなら・・・死んだっていい・・・けどっ・・・私、死ぬ訳にはいかないんです!!」
秋子はもう一度郁未の顔を見直した。
「怪我している友人がいるんです、まだ会っていない友人がいるんです、会って確かめなきゃいけない人がいるんですっ!!」
その顔は未だ醜く歪んでいたけれど、瞳には確かな強い理性の光があった。
「了承。」秋子は低くつぶやいて、体を沈め、郁未の体が前につんのめるように引っ張った。巴なげだ。
「・・・!?」
投げ飛ばされる郁未、けれど手斧は手放すことなく慌てて立ち上がる。
だが、秋子はその間に郁未から距離を取っていた。
「了承しました。確かに私もここで死ぬ訳にはいきません。」
秋子は名雪の方へ視線を走らせる。
息はしている。生きてはいる。
だが、その傷が重傷か軽傷かは分からない。
「だからここは私もひきましょう。」
秋子は吐き出すように言う。もはやその顔から微笑みなどとうの昔に消えている。
「自己紹介をしておきましょう。私は水瀬秋子、この名雪の母親です。」
郁未を睨んだまま秋子はさらに続けた。
「今は、私は私のなすべき事を、あなたはあなたのなすべき事を・・・
私は、これからどんなことをしても生き残ります。そうして、もしもう一度互いが再び出会えたならば、その時」
一度区切ってそして、
「決着をつけましょう。」
そう言う秋子に郁未は軽くうなずいて、
十分な距離を取るまで後ずさり、
自分の荷物をつかんで、木立の中へ消えた。



繭は木立の中を闇雲に走る。
そのスピードは彼女にしてははやいほうだ。
彼女は泣いていない。でもそれは真琴がくれた勇気のおかげではなく、
絶対的な恐怖、涙すら凍る恐怖、そのせいだ。
あの時繭は、手斧と小太刀のぶつかる音で金縛りがとけて、
荷物を引っつかんで一目散に逃げ出した。
そして、今も走っている。
恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い・・・
後ろから何か追ってきそうで、前に何か待ち伏せしてそうで。
繭は今始めてこの島がどんなところかを理解した。
恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い・・・
繭の小さなからだを占めているのはそんな思いだけで、
そんな繭が、あの時つかんだバックが郁未のものだなんて事に気づくはず、なかった。

【椎名繭 郁未のバック(きのこ等がはいっている)拾得、自分のバックはない】
【天沢郁未 繭のバック(花火セット等が入っている)拾得、自分のバックはない、手斧は回収】
【水瀬秋子、名雪合流。名雪の怪我の度合いは不明。秋子の小太刀破損。】

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