傀儡は踊る


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(なんて、無様な!)
孤影が駆け抜ける。速い。
少し近づけばそれが、長身の女性だと判る。手には散弾銃。
更に近づけば、冷たい美貌を苦悩のために歪ませているのが判る。

彼女の名は篠塚弥生(047)。
彼女は常に人生を己の力で-----わずかに例外もあるが-----切り開いてきた。
素質もあったろうが、そのための努力は惜しまなかった。
高度な知性も、運動能力も、克己心なくしてここまで鍛え上げられはしなかっただろう。
それが今では、下らぬゲームのために利用されている。猟犬として。
他人はドーベルマンのようだと言うかもしれない。
だが彼女は、狼でありたかったのだ。首輪も、檻も必要ないのだ。

しかし今、彼女はあえて首輪をはめている。
(9人、殺す)
罪を犯すのは怖くない、今までだって日向を歩いてきたわけではない。
自らの夢のために。あえて私は傀儡となった。

『あ、来た来た、やっと戻ってきたわよあのアホ』
少女の声に足を止める。
木陰に身を隠し声のほうを見ると、そこには二人の少女が立っていた。
手前の1人は本を、奥の1人はタライ(?)を携えて道の奥を見ている。
視線の先、はなれた所に少年。銃を持っているようだ。

目を瞑り、大きく息を吸いシナリオを考える。
今ここで少女たちを始末するのは簡単だ。
しかしそれ以上を狙えば次弾装填の間に、少年に撃たれるだろう。
できればここで、3人殺しておきたい。
ならば少女2人を殴りつけた隙に少年を撃つ。これはどうか。
手前の少女を後から蹴りつけ、奥の少女もろとも転倒させる。
少年にとっては少女達の背後から起こる出来事だから感知されにくいだろう。
少女達は少年のあとで始末すれば済む。

ゆっくりと息を吐き、再び大きく吸い-----息を止める。目を開く。
不確定様子は多いが、迷いはない。
自分を信じて行くのみだ。
(-----よし!)
弥生は飛び出した。一個の殺人機械として。


(くそう、高槻め!)
泥だらけになりながら獣道を行く黒い影。
ここに来て何度思ったか知れぬ台詞をこころの中で繰り返す。
高槻の放送により槍玉に挙げられ、全員に狙われる獲物として怯え、殺し、
騙し続けて今を生きている。

この憐れな男の名は巳間良祐(093)。
彼は教団に身を投じ、熱心な信徒として、優秀な研究者として貢献した。
過去を捨て、家族を捨て、我が身も捨てて教団のために働いた。
それが今では、ゲームの駒。主催者の、高槻の傀儡。

(高槻、俺の事がそんなに気に食わなかったのか?)
総じて高槻以上のポテンシャルを示しつづけてきた良祐だが、教団の覚えは
さほどめでたくない。高槻ほど世渡りが上手くなかったのだろう。
(それなら、お互い様だよな?)
薄く笑う。自分はこんな笑いをする人間だったか?
いや、晴香と一緒に笑っていた頃は-----どうだったろう?
(もう、忘れたか…)
とにかく、今は生き残る事だ。そのためには殺すことを躊躇わない。
どうせ皆、自分を殺しに来る。殺し殺して、高槻をも殺す。それでいい。

良祐は様々な可能性を考慮した。
まず危険なのは銃を所持する者だ。自分の銃を見つめながら考える。
これがなければ、今までだって一人も殺せなかっただろう。
それから、能力者。そして訓練を受けた者。これらの者達と正面から戦うのは
不味い。なるべく不意打ちやだまし討ち、もしくは混乱に乗じて殺すように計画
しなければ危うい。

ズドン!!
銃声。大きく、近い。重ねて悲鳴が上がったような気もする。
『ふざけんじゃないわよオバサン!』
ドスの聞いた声が聞こえる。どうやらこのまま進むと林道に出るようだ。
少年が倒れている。離れたところに銃。

これは、チャンスだろうか?上手く立ち回れば多くの危険要素を排除できる。
銃が手に入るのは見逃せない。
(落ち着け、そして間違うなよ、良祐)
自分にそういい聞かせ、握った拳銃を隠しながら良祐は林道へ踊り出た。

運命の悪戯か2人の傀儡は、ほぼ時を同じくして浩平たちに襲いかかったのだ。

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