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形而下の戦い〜前哨〜


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「そう浮かない顔をするものじゃない」
え、と詩子は振り向いた。
気持ちを切り替えた、と自分では思っていた。
でも表情までは上手く切り替わってなかったみたい。
「確かに友達が人を殺した、なんて言われたら落ち込むのも分かる。
 だけど意味が無い生が無ければ、意味がない死もまた無い。
 常に人間は何かを犠牲にして生きているものさ。
 それが今のようにより分かりやすい形になっただけ。
 傷ついているのは君や被害者だけじゃない。
 傷つけた方だってそうなんだ。
 だから君がそんな表情をしていれば、
 その子が戻ってきたとききっと悲しむ。
 その子が傷ついていたのなら、君はそれを癒してあげなきゃいけない」
笑顔で少年は言った。
どうしてこの少年はこうも自分の気持ちを見透かしたように、
心の奥底に響くセリフを言えるんだろう?
「そう……、だよね。相沢君だけじゃない、私だって茜のこと大好きだもの……。
 茜が戦ってるって言うなら、私たちで茜が帰って来れる場所を作ってあげなきゃ」
詩子は笑った。
私には茜の全部が全部分かる訳じゃないし、この少年ほど色んなことを考えているよう
にも思えない。
……当然、人を殺したことだって無い。
でもそんな自分にも出来ることがあるなら。
私は頑張れる、そんな気がする。

相沢祐一と別れてすぐの、二人の会話だった――。

「ねぇ……、ちょっと気になったんだけどさ」
「なんだい?」
「何であなた鞄二つもあるの?」
歩きながらの詩子の質問に、思わず少年はきょとんとした。
「ああ……、落ちてたのを拾ってきたんだよ。
 誰も使ってないのなら僕が使ってもいいかなぁって」
少年は苦笑して言った。
だが彼はわざと嘘をついた。
それは今の詩子に無駄な負担をかけたくなかったから。
形見なんて重いものを持ってると思わせたくなかったから。
たまたま生き残っていてまだ人を殺めるという咎を犯していない、
素性も名前も不明な上に変な格好をした奴で、
でも側においておくとなんだか安心できるような……、
そんな感じを保ちたかったから。
偽善と言われれば返す言葉も無い、
だけどそれもまた少年の優しさの一つの形だった。
「そうなんだ、もったいないことをする人もいたんだね……」
詩子は素直にそう言った。
「だったらさぁ、二個も鞄持ってる必要ないんじゃないの?」
「え、そうかな?」
「どうせ中身はほとんど一緒なんでしょ。そんなにかさばるわけでもないし、
 だったら、一つの鞄に全部詰め込んじゃおうよ」
詩子の提案は至極もっともなものだった。
でもね。
少年は心の中で苦笑しつつ付け加える。
ボクはまだ、二つとも鞄を開けてないんだよ……、と。
「ねぇ、やっとこうよ。私も手伝ってあげるからさぁ」
詩子はうきうきした様子で鞄に手を伸ばす。
なんだ、君がやりたかったんじゃないか。
心の中のみならず少年は苦笑した。

少し汚れていて、少し重い。
そんな鞄を見ていて少年は思った。
……どっちがもともとのボクの鞄だ?
「え〜とこれは水ね。でこれが食料……、ってちょっと、あなた何も口つけてない
 じゃない、一日飲まず食わずで歩いてたの!?」
少年の葛藤など気付きもしない詩子は、手近にあった鞄の中身を出しつつそう言った。
「あ……。いや、水分は補給したよ。水道とか見つけたから」
詩子のセリフに驚嘆……、というよりどうも非難の色が強いように思えた少年は、
とりあえず自分を弁護しておくことにした。
「ダメよ! 折原君じゃないんだから二日も水だけで生活してたら死んじゃうんだから」
折原君?
知らない名前だった。
……いや、参加者名簿に名前があったか。
どちらにせよ、なかなかひどい扱いを受けているように思えるが。
少年は最近苦笑することが多いな、と思いつつもやはり苦笑していた。
「ん」
「あ……、うん」
詩子が突き出してきたパンを、少年は受け取った。
「食べてる間に、私が片付けておいてあげるから」
にっこり笑って、詩子はまた鞄とのにらめっこを始めた。
そんなにかさばるものは……。
「うわ、何これ!?」
詩子が大きい声をあげた。
……ボクの鞄の方を開けたか。
ちょっと少年は頭を抱えたくなった。
「お、重いよ」
詩子が両手で取り出したもの、それは厚い本のようなものだった。
「……君の力で扱う分にはね」
嘆息して少年は言った。
「これ……、本なの?」
「まあ……、一応ね」
詩子はそれを少年に渡そうとした。
少年はそれを片手で軽く受け取る。
「……かつて教典と言われたものを模した、即ち”偽典”という奴さ」
ぱらぱらと本のページをめくりながら、詩子に向けたにしてはやや小さすぎる声で少年は呟いた。
「な……、なんだかよく分からないんだけど、それって凄いの?」
驚き混じりに詩子が言う。
「……別に内容に価値なんか無い、だけど」
パタン、とページをめくるてを止め、本を閉じた。
「これが、ボクの武器さ」
少し誇らしげに少年は言った。

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