さよならは別れの言葉


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林道を小走りに進む折原。
迎える長森と七瀬が手を振っている。

仲間が増えた。しかも強そうだし、先行きの展望もある。
助かる可能性が増えたというものだ。
行く手で2人が手を振っている。
俺はあの2人を守る、そう心に決めてどれほどの時間が経っただろう。
きっと3人揃って、帰れるさ-----そう確信していた。

2人が、倒れるまでは。

突然長森が前のめりに倒れこみ、七瀬を下敷きにする。
後に女が立っていて-----銃口がこちらを向いていた。
(マジか!?)
咄嗟に左へ跳び、銃弾をかわそうとしたが。
バラバラと右手を中心に弾が食い込む。散弾だった。
「ぐあっ!」
鮮血を振り撒き、銃を取り落とし、浩平は倒れた。
(く、くそったれ…!)

打撃音が遠く聞こえる。誰かが戦っているのだろうか?
撃たれ、混乱し、体が上手く動かない。耳がいかれているのか。
だが、今立たねば。そうだ、長森が、七瀬が、危ない!
落とした拳銃に目をやる。こいつがあれば、みんな助かる。
しかし。希望を絶つかのように何者かが拳銃を踏み抑える。
「!?」

黒いコートの男が立っていた。なんだって管理側の人間が邪魔しやがる?
怒りが浩平に力を与えた。一息で立ち上がり無事な左手で胸倉を掴む。
「てめえ、何しやがる!?」
男は意外そうな顔をしたが、余裕を見せて言う。
「ふむ。生きていたのか」
「何だと!?」
興奮する浩平を現実に引き戻すようにカチリ、と金属音が響いた。
コートの下に拳銃。これは、よけられない。
「それじゃあ、これでさよならだ」
額に汗が、右手に血が、つうっと滴り。
顎と、指先から、ぽとりと垂れ落ちた。

そのとき声がした。
「浩平ー!」
コートの男が動揺する。慌てて長森のほうを見る。一瞬の隙。
「こんの野郎!」
被弾した右手で力任せに殴りつける。
コートの男を吹き飛ばし転倒させるが自分も痛みに怯む。
それでもどうにか拳銃を拾う。
「浩平!七瀬さんが、七瀬さんが!」
駆け寄る瑞佳は明らかに混乱していた。
「来るな長森!こいつは銃を持っている!」
浩平は長森を制して叫ぶ。狙いが遅れる。
ドドン!!
倒れたまま男が発砲し、遅れて浩平も発砲する。

この距離ならば。
外れるわけは、ない。

(最悪ね…)
七瀬は徐々に受けに回っていた。
そもそも枝は太く、握りにくいため握力を消費する。
銃撃のプレッシャーに怯えながらの戦いは精神を消耗する。
乙女生活によるブランクはスタミナを奪っていた。
そして何より、古傷が痛み始めていたのだ。

もしここで、間合いを離されたら。
もう、飛び込めない。
般若のような形相で攻め込み始める女の打撃をどうにかそらしながら七瀬は
焦りを隠して応戦する。

ガシン!
何度目かの鍔迫り合い。だが、今までのようには力が入らない。
押し込まれ七瀬は苦痛に顔を歪める。そのとき。
ドドン!
重なる銃声が届く。ついに七瀬の集中が切れた。
「折原!?」
叫ぶ七瀬に女の脚が上がる。左脇に蹴りが入り、女が後に飛ぶ。
ついに、間合いが離れた。
「貴女を評価しなかったのは私の失策でした」
そう言いながら、女は息を整え散弾銃を構える。
「でも、これでお別れです」
負けた-----肩で息をしながら、腕を下ろす。もう、動けない。
「オバサン、なんでアタシを殺すのよ」
今更尋ねても、どうにもならないけれど。なんとなく口にした。
しかし女は意外なほど真剣に考え、答えた。
「大切な人の-----2人の、幸せのために」
ちょっと驚いた。七瀬は諦めの苦笑交じりに呟く。
「なによ、それじゃあアタシと同じじゃない」
今度は女が驚いた。異常なほど、驚いていた。

「七瀬ええええ!」
ドン!ドン!
その虚をつく形で折原の声、そして銃撃。
今だ!動け動け!動け身体!そう念じて踏み込み、小手を打つ!
「せいッ!」
バシン!
電光の速さで右手の甲を叩く。散弾銃が跳ね落ちる。
七瀬は即座に銃を蹴り飛ばし、緊張の過ぎた震える手で構え直す。

「くそおおおお!」
折原が叫び、泣いていた。何故泣くの?その意味は?
女が溜息混じりに言う。
「ほんとうに、失策でした」
今度こそ、これ以上動けない。今でも女のほうが余裕がありそうだ。
頭が回らない。七瀬はただ答えた。
「そう、みたいね」
その言葉の、何が面白かったのか女は小さく笑い身を翻し去っていく。
「さようなら」
「アタシは二度と、遭いたくないわ」
七瀬は、枝を取り落とした。

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