そら。


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七瀬が泣くのを、オレに止める術はなかった。
そして、多分、オレは枯れた。

「瑞佳ぁ」
泣く七瀬も、目を閉じたままの瑞佳も、まるで夢の中の物語のようで。
もっというなら、この自分が巻き込まれた戦いも、すべてが幻想のようで。

非日常の中で、それでもなお、自分たちは日常の中にいるような、
そんな錯覚をしていたから。

だから、本当の非日常と出会い、オレ達はやっと、日常から抜け出す事になったのだ。

――護れなかった、な。

何があっても護るって決めていた。
銃だって撃つ、人だって殺す。
実際、オレは殺した。
長森の横で血を流し倒れている、黒いコートの男を。

けれど、それは。

長森を護るために殺したのに。

長森は、もういない。

それどころか、長森を護るどころか。

オレは、長森を――

「折原ぁっ……」
七瀬が、赤い眼でこちらを見た。何かを言いたそうに。
責めて欲しかった。約束を守れなかったオレを。
一番護りたかったお前達を、結局、結局――
「……畜生っ」

ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、
ごめん、長森。
護れなかった。護れなかった。
約束したのに――護ってみせるって。
また、涙が。
枯れるほど流した涙が、また。
――思い出されるのは、長森の笑顔だけ。
だから、一層哀しい。
「折原ぁ……イヤだよ、何で、あたし達……」

――こんなところにいるの?

永遠なんてなかった。
そんな事はずっと昔から知っていた。
けれど、終わりがこんな形で訪れるなんて、想像もしていなかった。

「もう、イヤだ」
七瀬が呟いた。
「どうして? どうしてあたし達は、ねえ、何してるの?」
焦点の合っていない目で。ぶるぶると唇を振るわせて。
「何で、瑞佳、倒れてるの?」
オレを見上げて。
「折原ぁ」

次の瞬間。――
「えへへ、馬鹿げてるよね」
夢みてる。折原と二人きりの夢見てるよ。
あたし、こんな夢見るの初めてだよ。
瑞佳殺しちゃったのは罪悪感でいっぱいだけど、

「何、言ってるんだよ、七瀬」

「あはは、折原が夢の中なのに、折角の二人きりなのに泣いてるよ」
七瀬は、心底愉快そうに笑う。
まったく、焦点の合っていない目で。
「七瀬っ!」
「大声出さないでよ、夢の中でまでさ、折原ってば」
呆然とした顔でオレが見つめるのを、七瀬は楽しげな顔で笑った。
ロマンチックね、これこそ乙女の夢にふさわしいわ。

オレは、確信した。
七瀬は、多分、壊れた。

――永遠がないのなら、

すべて、いつか壊れていくもの。

長森が壊れたのと同じように、七瀬も壊れた。

オレは、七瀬を抱きしめた。
「本当、最高の夢ね。折原が抱きしめてくれるなんて」
馬鹿。
オレは、歯軋りしながら、そう呟いた。
オレは護れなかった。
長森も七瀬も。
何のために一緒に行動してたんだよ――。

意識が虚ろになっていくのを実感する。
失血のためか。――そして実感する。死が、遠くないところに来ている事を。
目を閉じれば、楽になるだろうか。
永遠の世界に、行けるだろうか。

まだ。

まだだ。まだ、目を閉じてはいけない。
オレは右腕の傷口を抉った――走る激痛で、なんとか目は覚めた。

「七瀬。――行こう」
オレは立ち上がった。オレが立たないでいたらどうなると言うんだろう。
右腕に走る激痛、流れる血は、たぶん、どうしようもない。
多分、オレも長くない。
オレの身体も、精神も、いつ壊れるか判らない。
けれど、七瀬だけでも護りたい。

誰か、知り合いに会えば。
七瀬を護れる、知り合いに会えば――
誰でも良い。――オレが倒れる前に。

へたり込んでいる七瀬に、オレは手を伸ばした。

【折原浩平 七瀬留美……移動開始】
[所持品 良祐の銃・弥生の散弾銃・長森の武器リスト]

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