おにぎりを平らげ、指についたご飯粒を丁寧になめ取ると、あゆは幸せそうに笑って礼を言った。
「ごちそうさまでしたっ! ありがとう、美味しかったよ、梓さん」
「おそまつさま。腹空かしてるのくらい不幸なことってないからね。食べられる時に食べとかないと」
おにぎりくらいでこんなに嬉しそうな顔をされるのも照れるな、と梓は思った。
でも、悪くない。梓にとって、料理は食べた相手に喜んでもらってこそのものだ。喜んでもらえれば、純粋に嬉しかった。
と、つい今まで顔中ニコニコしていたあゆがふっと表情を翳らせた。
「あの、今日って何曜日かな?」
「曜日……? えっと、どうだったかしら?」
「えーっと」
梓は反射的に腕時計を覗き込む。
「そうだ、時計はイカれてるんだった……確か、ここに連れて来られたのが昨日だから……火曜日、かな?」
「火曜日」
小さく呟くと、あゆの口元がキュッと引き締まる。瞳にはっきりとした意志の光が宿る。
そして、すっくと立ち上がった。
「一緒に、行こう」
「え?」
意外な展開に、千鶴と梓は目を丸くした。あゆは唇を噛み締め、言葉を紡ぐ。
「聞いたよね、さっきの放送……あの人、死んじゃったんだよ……」
名前も、姿も知らない少女。現状に警鐘を鳴らし、自分たちに進むべき道を与え、そして死んだ。
あゆの言葉に、否が応にも耳に先ほどの爆発音が蘇る。あの音とともに、少女は死んだ。
「千鶴さん。あなたは、もう誰かを手にかけちゃったんだよね……仕方ないで済むことじゃないし、許されることでもないと思う。
でも、それで長らえた命を無駄にするのは一番いけないことだよ。ボクたちがあの子の言葉を聞いたのは絶対に偶然じゃないもん。
だから、一緒にこのゲームを終わらせようよ。一刻も早く、一人でも死んじゃう人が少なくなるように。
そしたら――傲慢かもしれないけど、千鶴さんが命を奪った人たちも、きっと……このままでいるよりは、救われると思うんだ」
「…………」
千鶴は視線を落とし、黙って自分の両の掌を見つめた。
血で汚れた手。もう、同じく血を浴びた武器しか握れないと思っていた。
この手で、ゲームの終わりを掴もうとすることは、許されるのだろうか。
「梓さん」
あゆはさらに続ける。
「おにぎり、すっごく美味しかった。あんな美味しいんだもん、ボクたちだけで食べるなんてもったいないよ。
だから……みんなにも食べさせてあげようよ。この島から出て、よかったね、って言ってる時にみんなで食べたら、きっともっと美味しいよ」
ボクも手伝うからね、とあゆは照れくさそうに言った。
梓は、知らず知らずのうちに耕一や妹たちのこと、そして今までにこの島で出会った人々のことを思い出していた。
佳乃に襲い掛かっていた女医。その佳乃も、自分の首を締め、そのままどこかへ消えてしまった。
今さらのように、このゲームの哀しさが痛いくらいに感じられた。この島にいるのは、今まで普通の生活を営んでいた一般人ばかりなのだ。
それがどうして、お互い殺しあわなければならないのか。幾度となく自問自答した最も基本的な疑問に、またここでぶち当たる。
「時間が経てば、もっともっとたくさんの人が死んじゃう。だから、急いでこのゲームを終わらせなきゃいけないんだよ。
一緒に……終わらせよう?」
あゆが、二人に向かって手を差し伸べた。
小さな、白い、綺麗な手。千鶴はチクリと心に突き刺さるものを感じた。
梓に視線を送る。梓は、優しく――そう、普段はあまり見せることのない、とても優しい表情で――微笑んだ。
そして、梓があゆの手を握る。
「千鶴さん」
あゆが笑う。千鶴の手が、ゆっくりと重なった二人の手に近づいていく。
「えいっ!」
「きゃっ!?」
あゆがいきなり手を伸ばし、千鶴の手を掴んだ。ギュッと、握り締める。
「うんっ! じゃ、行こうよ!」
「……ええ」
「わかった」
三人は、足並みを揃え、歩き出す。
(殺めた命は、戻って来ない……なら、私は、私にできることを全て、やる。それが、せめてもの償い――)
それぞれの想いを胸に秘めて。
(耕一……楓……初音……あんたたちをこのままにはしておかないから……だから、絶対に死なないで……)
遠く霞むゴールに向け、歩き出す。
(うぐぅ、明日までに帰らないとシスプリのアニメ見逃しちゃうよぉっ! は、早く終わらせちゃわないと!)
三人の想うところは少しずつ異なってはいたが、それでも心は一つだった。