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遭遇


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島の真上をさんさんと照らしていた太陽も傾き始め、
夕闇の気配がゆっくりと擦り寄ってきていた。
この島の大部分を占める森の。
その、更に奥深くに、彼は居た。
(何処だ……茜……)
ふと、ゲームが始まってから自分は一睡もしていないということに気づく。
自分にとってどれだけ「茜」と言う存在が大きかったか、改めて思い知る。
気がつけば、体中が悲鳴を上げている。
心も、体も、とっくに限界を超えていた。

それでも、止まらない。
止まれない理由があった。

『茜は、変わってなかったよね?』
『あぁ、そうだな』
『……変えてあげてね?』

『あぁ』

彼の、そして茜の親友の言葉が、彼の足を前へと進ませる。
そして何より、彼自身の強い想いが、立ち止まる事を許さなかった。

が。

祐一が巡り合った相手は。



普段の彼女を知っている人ならば、誰もが驚くであろう。
何故なら、普段の彼女は、けしてこんな顔をしないからだ。
口元は引き締まり、目は堅い決意に彩られた、その顔。
彼女が目指す先は、この島で唯一頼れる、優しい人たち。
どこに居るかは、まだ分からない。
だから、走る。音も立てずに。

ふと、彼女の足が止まる。

人の気配だ。
殺し合いなど本来真っ平な上に、今の彼女には武器と呼べるものが何一つ在りはしなかった。
見つかったら、殺される可能性だってある…いや、その可能性はとても高いと、言えた。
気配を殺し、去ってゆく人の後姿を見遣る。
その、隙だらけの後ろ姿に。
彼女の知っている、「優しい人」の姿が重なった。
間違い無い、見紛う物か、と、絶対の自信を持って、少女は草陰から一歩踏み出した。

が。

少女が声をかけた相手は。



「ねえ」
不意に背後から掛かってきた声に驚き、振り帰る。
立っていたのは、一人の小さな少女。
外見とその落ち着いた声とのギャップに唖然とする祐一に、
少女ははぁっ、と溜息をひとつついて言った。
「あなた、そんな隙だらけの背中で何やってるの?
 私がもし殺人鬼だったらどうするつもり?」
「なッ……」
浩平は混乱した。
突然現れた少女。
それが、声を掛けてきた。
そこまではいい。
なんで俺が、こんなガキに説教されてるんだ?
少女の言っている事は正論なのだが、
年下に説教されると言う事が、彼の癪に障った。
なので、口をついて出るのは、反抗的な台詞。
「うるせーな。なんでお前みたいなガキに説教されなくちゃいけないんだ?」
少女は、その言葉を聞き、顔を歪ませる。
……嘲笑に。
「お笑いね。年齢を問わず正しい意見は取り入れるものよ。
 私が子供だって言うなら、つまらない意地で自分を正当化するあなたのほうが余程子供よ」
「て……てンめぇ……」
祐一は怒りに身を震わせる。
この場合年上として正しい対応は目の前の生意気な少女を論理的に説き伏せる事なのだが、
無念にも祐一の頭では反論出来る言葉が見つからなかった。
なので、年上と、そして男女の基礎体力の違いという二つの利点を持って、
「どりゃぁーっ!」
祐一は力ずくで生意気な少女を黙らせようとした。
無論、それは男として最低とも言える行為だ。
よって、祐一はすぐに天罰を受ける事になる。

祐一が少女めがけて飛びかかる(こうして書くと誤解を招きそうだが)。
少女はすっ、と姿勢を低く落とす。
そして、祐一が少女に覆い被さろうとしたその時。
「がッ…………」
祐一の動きが、止まった。
少女のアッパーカットが、祐一の股間を的確に捕らえていたのだ。
もう文章では表現しきれない程の痛みに、祐一は地面をのた打ち回る。
少女はそんな祐一を見下して笑った。
「無様ね」
気を抜くと本当に気絶しかねない中、祐一が絶え絶えに言葉を発する。
「こっ、こういう時は…蹴りって相場が決まってるんじゃ……」
「あら、だって蹴りだと狙いがつけにくいでしょ」
そっけなく、少女は答えた。
成る程、もっともだ……
祐一は答えを聞き終えると、満足げな表情で気絶――
「気絶してんじゃないの」
「あうっ」
それは、少女が許してくれなかった。

傾きかけた太陽は未だ沈んではいなかったが、
森の中には光は僅かしか届かない。
すでに、辺りは薄暗くなりつつあった。
「…で、一体何の用だよ。殺せるチャンスをわざわざ逃してまで聞きたい事、あるんだろ?」
水を口に含みつつも、祐一は少女−どうやら、椎名繭と言うらしいが、に問うた。
「まあ、殺せる武器も無かった、っていう方が正しいかもね」
「なんだ、結構お前も考え無しじゃねえか」
そう言って祐一は二へッと笑う。水を口に含んだままなので、水飛沫がとても汚らしい。
「…早く飲み込みなさいよ」
「まあそう言うな。汚い所走りまわって結構ノドが痛んでるんだ」
祐一がそう言うが、その度にまた水飛沫が飛ぶ。
繭は沸きあがる殺意を理性で押さえ込み、話を進めた。
これもセイカクハンテンダケの成せる技だとも言える。
「――人を、探してるのよ。折原浩平、って人」
へぇ、じゃあ俺と一緒じゃないか、と祐一は口に出そうとする。
その前に、繭が続けた。
今の祐一にとって、一番聞きたくない名前を。
「…それと、沢渡真琴、って人」

ぶっ、と思わず祐一はすでに生暖かくなっていた水を吹き出す。
明らかに取り乱した祐一の様子を見て、繭が目を見開き、祐一を問い詰める。
「知ってるの!?教えてよ、真琴さんの行方」
これまでの理性的で嫌味ったらしい態度は影を潜め、感情を露にして迫る繭。
祐一は一瞬本当の事を言うかどうか躊躇する。
だが、その悩みはすぐに打ち消される。
ここまで必死に真琴の行方を探してくれた人。
どんな理由があれ、ここで本当のことを話さないのは卑怯だと思ったのだ。
「……知ってるさ。だって真琴は……」
ゆっくりと、口を開く。
「俺の目の前で、死んだんだから」
繭の頬から、一筋の涙が零れ落ちた。

「しかし、やっぱ真琴は嘘を吐いてたのか」
先程から繭は俯いたまま、何も話そうとはしない。
辛うじて、一時期自分が真琴と行動を共にしていたと言う事を喋っただけだ。
「変だと思ったんだよな、真琴が『お姉ちゃん』なんて」
「そんな事ありません」
「…っと」
間髪入れずに入った繭の声に、思わず祐一は態勢を崩しかける。
「真琴さんは、すぐに泣き出したり、我が侭を言ったりする私の面倒を優しく見てくれました。
 殺人鬼のような男に追われたときも、私を安全な場所に隠れさせて、ひとりで立ち向かって行ったんですよ」
祐一は穏やかな口調で話す繭を見て、
「…そうか」
と、自身もまた穏やかな表情で言った。
「真琴は、確かに『お姉ちゃん』だったんだな?」
もう一度、繭に問う。
繭は、揺るぐ事の無い表情で、
「ええ」
と、笑顔で答えた。

「……それにしても」
空になった水筒の底を叩き、何とか最後の1滴まで飲み干そうとしながらも祐一が繭に語り掛ける。
とても、間抜けな光景だ。
もうそんなのには慣れたのか、
「…何」
と、繭は素っ気無く訊き返す。
「なんでお前みたいな生意気なぐらいにしっかりしたヤツ相手に、真琴がお姉さん気取りできたんだろうなぁ」
繭は、「失礼ですね」と頬を膨らませたが、
すぐに顔を落とし、言った。
「…私が、子供だった、というだけです。
 もし私があの時、もっと理性的な行動を取れていたら、真琴さんも…んぐっ!?」
繭の台詞は、そこで途切れた。
祐一が繭の口を手で塞いだのだ。
「…そこから先は言うなよ」
繭が見上げた祐一の顔は、これまでになく真剣で、辛そうで。
繭は、出しかけた文句を、飲み込んだ。
「真琴はあれで臆病なんだ。その点、お前がいた事で辛うじて真琴は理性を保ててたって言える。
 真琴があんなに頑張れたのも、お前のお陰だ。…だから、そこから先は言うな」
泣きそうで、苦しそうで。
そんな祐一の表情を見て、繭は軽はずみな事を言った自分を恥じた。
……でも。
ぎゅうっ、と祐一の手の甲をきつく抓る。
「ぎぇぇっ!」
「いつまで口塞いでるのよ」
それとこれとは、別だった。

「さぁて、そんじゃまぁ、俺はそろそろ行くかね」
祐一がゆっくりと身を起こす。
「……何処に」
座ったままの繭が、祐一を見上げて言う。
「俺も、探してる人が居るんだ」
「ふ〜ん」
自分から訊いておいて、繭はその言葉を聞き流し、服の埃、土汚れを払う。
そして、祐一の方へと向き直ると、
「じゃあ、行きましょうか」
と、平然と言ってのけた。
「おう、じゃあ……ってええ?」
お約束の反応をした祐一も、繭の方へと振り帰る。
「だって私、武器無いし。ここは武器を持っている人と行動したほうが安全だわ」
「…俺が寝首かいたりするとは思わねぇのかよ」
祐一が吐き捨てる様に言った言葉に、繭は不敵に笑って見せて、言った。
「あら、あんな隙だらけの背中を見せているような奴にそんな事が出来るかしら?」
「ぐっ……」
出来そうに無かった。
「決まりね、行きましょ」
そう言って一人で歩き出す繭に、その後ろから祐一が言葉を投げかける。
「絶対にお前の事守ってやる、なんて口が裂けても言わねえぞ」
その言葉に繭は振り向くと、
「あら、結構よ。私が勝手にあなたの後ろに移動するから」
と、笑い飛ばして見せた。
祐一はチェッ、と舌打ちすると、
「わーったよ、行くぞ」
と吐き捨て、繭を追い越して歩き出した。
そして祐一は内心、自分は繭に頭が上がらなくなるんじゃないかと、先行きに不安を抱く事となった。



妙なコンビは歩く。
「……それで、お前はその…」
「キノコ」
「そうそう、そのキノコを食べたから、こんな性格になっちまったと?」
水を口に含みながら、祐一が喋る。
ちなみに、水は余りにも「水、水〜」と見苦しい祐一に対し、繭が投げ捨てたも同然に与えたものである。
「そう。あと4つあるけど、食べる?」
そう言って繭は、ごそごそとバッグの中からキノコを取り出す。
いかにもって感じの色がヤバげだ。
「遠慮しとく」
見てるだけで吐き気を催しかねなかった。
「……それで、そのキノコを食べると性格が反転してしまう、と」
「そうみたいね」
……祐一は考えた。
「これを高槻に食べさせれば……いかん萎える、止めよう」
「………?」
この妙なコンビの行きつく先は、何処か。

【相沢祐一・椎名繭 コンビ結成】

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