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汗と涙と男と女


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「かーずきっ!」
詠美が和樹に甘えるようになってからどのくらいの時間がたったのだろう。
「待たせたな!詠美!」
詠美が建物の陰から姿を現す。
「どうだった?」
「いや……なにもなかったよ。」
和樹がそう言って、詠美の頭を優しく撫でる。
「そっか……うん、次はどうするの?」
「とりあえずここから離れよう。ここには逃げ場が無い。話はそれからだ。」

表情とは裏腹に、和樹の心は晴れない。
南の豹変――確かにそれもある。
だが、今の建物――火事があったのかしっかりと判別はできないが、おそらくはスタート地点の一つだろう。
その中にいくつもの死体が転がっていた。
全部で8人。全員同じような野戦服を着た男たちが倒れている。
恐らくそれは主催者側の人間であろう。
武器はすべて奪われていた。
(俺達と同じように…主催者側と対立してる奴がいるのか…?)
だが、もしも違ったら…そう、すでに理性を失い、見境いの無い殺戮者だとしたら……?
(南さんですら……)
和樹は果てしなく疑心暗鬼に陥っていた。
(たとえ、彩ちゃんやモモちゃん…いや、あさひちゃんであっても…もしかしたら…)
そして、正常であったとしても和樹のように人を疑ってかかる者だっているかもしれない。
(ちっ、やめようぜ…答えなんか…でないよ。楓ちゃんなら…どうする?)

別にここだけじゃない。
とりあえず心当たりのある場所に手がかりはなく、冷たくなった躯だけしかなかった。

――何かあったら、またこの場所で――

途方に暮れかけた時、彼女の言葉が脳裏に浮かぶ。
もしかしたら、彼女の単独行動は、何か心当たりがあってのことかもしれない。
「一度戻るか……これ以上闇雲に動いたって道は見えない。」
和樹が歩きながらそう呟いた。
「も、戻るの…?」
不安そうな詠美の声。無理もない、
それは血の匂いのする思い出の場所だから。
たとえ、大切な友人の墓場であってもだ。
――もちろん和樹達は玲子を簡易的にではあるが弔っている。――
「安心しろ、俺がついてる。」
詠美を落ち着かせるようにそっと頬に口付ける。
「うん……」
(やっぱ調子狂うよな……)
いつも生意気で悪態をついてばかりだった彼女、
ここに来るまで、鼻で人を笑うような態度で本当の自分を隠してきた彼女。
だけど、それでも――
(いつも顔を合わせるたび……だったからな…)
苦笑した。

ザッ……ザッ……

そして瞬間、人の気配。

「それでね……」
由綺の声はいつも透き通るように綺麗で。
ブラウン管の向こうの世界が遠く感じられてたあの頃。
だけど……
いつの間にか心よりも、遠くで聞こえる由綺の声。
それはここに来てから。

だから、由綺の手をつかんだ。
理奈ちゃんでなく、マナちゃんでもなく、英二さんでもない。
ブラウン管の向こうよりも遠い世界に行ってしまわないように、強く。

「弥生さんがね…ふふっ、おかしいの…」
由綺がいつものように笑う、そこは日常だったから。
だけどその現実は…由綺が本当に望んだ日常ではなくて。
『おかしい』……そうかもしれない。
俺達は…いや、俺だけが狂っている。
俺は由綺の為に…すべてから逃げたんだ。
理奈ちゃんから、マナちゃんから、英二さんから、見知らぬ少年から。
そして、由綺を傘にして罪の意識から逃れようとしている。
(俺は…卑怯だよな…)

由綺にとってここは、より日常だったんだ。
ブラウン管の向こうで歌っていた――あの頃よりも。
(由綺は……俺が追いつめたんだ……)
本当に日常だった頃から、由綺の本当の心の拠り所になりきれなかったんだ。

「……誰っ!!」
突然由綺が声を張り上げる。
(誰かいるのか……)
来ないでほしい。由綺がまた遠くに感じられてしまうから。
俺はまた、由綺のせいにして罪を犯してしまうから。
近づいたら、由綺が、俺がまた――
「お、おい、ちょっといいか……?」
ドン!ドン!
男の声と共に銃声…とは少し音色の違うニードルガンの音。
い、いきなり撃つか!?俺の恋人よ……

射程距離が離れすぎてたのか、男の脇を、ゆっくりと放物線を描き――地面に落ちる。
話し合いの余地も無い。
男は一瞬呆けた表情、だけどすぐそれは険しい表情に変わって……
物陰に潜むように身を隠れさす。
そしてそこから見えるのは……銃口――。
俺の背筋に…何かはしるものがあった……

「行くぞ!由綺!!」
再度狙いをつけて戦おうとしている由綺の手を引いて、そこから離れる――。
同時に、途切れることのない銃声。
「と、冬弥君!?」
先程まで俺達が存在していた空間に、熱線のような光がいくつも雨のように降り注いだ。
――死ぬ――
強い意識が俺を包んで、怖くて。
だから、無我夢中で走った。後ろを決して見ないようにして。
横で走る由綺の手だけは、絶対に離さないように――。
緊迫した状況の中だけど、右手に感じた由綺の暖かさだけが妙にはっきりと感じられて――。
場に不釣り合いな思い。
(俺、こんなときでも由綺だけは……)
少しだけ自分を誇らしげに思えた。

「な、なあ、由綺……」
「はあ、はあ………な、何?冬弥君。」
1,2キロは走ったかもしれない。
後ろから追ってくる気配はなく、ようやく走るのを止める。
由綺と俺は流れ出る汗を拭いてようやく一息つく。
「いきなり…撃つのはやめないか?」
「どうして?」
きょとんとした顔で由綺。
「だってさ…今、危なかったじゃない。危険だよ。」
「そうだけど…」
「だからさ…いつでも撃てるようにだけしておいて…撃つときは撃つみたいな…
なんて言ったらいいのかな……」
「だけど……」
「俺が死んじゃってもいいのか?」
俺はイヤだ。由綺が死ぬことも、俺が死んで、由綺が悲しむことも。
もちろん俺だって死にたくない。
「嫌っ……」
由綺が背中から俺を抱きしめる。
「うん、分かった、私、冬弥君死んだら嫌だもん…
いきなり…撃つのはやめるね。」
「ああ……」
いきなり撃つのは…俺だけでいい。
もっとも、飛び道具なんて持ってないけど。
「ふふっ、でも、冬弥君が危なくなったらどんなことしても守るからね…」
「ありがとう、由綺……」
だけど、どうしようもなく哀しくなって、喪失感が胸に込み上げて…
「ど、どうしたの?冬弥君…泣いて…るの?」
由綺の日常の中で、俺は、泣いた。

「ふう…まさか…いきなり襲われるなんてな…」
機関銃の熱を冷ましながら、和樹は溜息を吐き出す。
もう、敵の姿はない。
和樹達と同じように、カップルであったが故に生んだ油断だった。
もちろん深追いする気はない。
和樹には殺人の衝動なんてないのだから。
(自分達の身に危険が及んだその時は…その時だけどな。)
いざ脱出するときは、そうはいかないかもしれないが。

「かずき……みんな…狂っちゃったんだね…」
詠美の顔はまだ晴れない。
(この島にいる限り、心から笑ってくれることはないんだろうか。)
武器の残弾、状態をチェックする。
(大丈夫みたいだな。)
「平気だろ…今みたいのはごく稀なケース。俺も…詠美も…ほら、楓ちゃんだって正常だったじゃないか。」
「うん…」
本当にそうなのだろうか。和樹の言葉は自分に強く言い聞かせる意味合いの方が強い。
「あそこに戻るぞ。結構経ったからな。…楓ちゃんももう戻ってるかもしれない。」
「うん…」
「別ルートから戻ったほうがよさそうだけどな。」
別ルート。8人の死体があった建物を通りぬける。
「……きゃっ、ちょっと…何すんのよ…」
和樹はいきなり詠美の膝の後ろと背中にに手を忍ばせると、そのまま勢いよく抱えあげる。
いわゆる漫画や映画でありがちな『お姫さまだっこ』というやつだ。
「俺を信じろ……俺がいいって言うまで絶対に目を開けるなよ。」
「うん、わかった…しんじる…」
(詠美がわざわざ建物の中の惨劇を見る必要はないからな。)
詠美の持ち物…武器も実は和樹は知らない。
(詠美が戦う必要なんてないからな。)

手を汚すのは、俺だけでいい。

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