夢一時


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「あはは、夢みたい。あたしこうして折原と手をつないで歩きたかったのよ」
「ううん、これは夢よね。だって瑞佳死んじゃったもの。現実にそんなこと
ないものね。えへへ、明日瑞佳に会ったらどんな顔したらいいのかな。」

 七瀬は左手に持った散弾銃をぶんぶん振り回しながら心底愉快そうに言った。

 「ああ、そうだな。七瀬おまえの言うとおりこれは夢だよ」
 (でもこの夢はな、永遠にさめないんだよ)

 浩平の右腕からは依然として出血が続いていた。血と一緒に浩平の命も流れ落ちてゆく。

 (早く誰か知り合いに会わないと。もう俺も長くはない。
 うん?そういえば俺は長森が死ぬ前に誰かとどこかで合流しようとしていなかったか?
 くそ、血が足りない。もうろくに頭もまわらなくなってるな。
 ああ、長森、もうすぐおまえに会えそうだよ。こんどこそいつまでも一緒にいような)

 「折原、どうしたの?そんな暗い顔して黙りこくって。わかった、瑞佳の
事考えてたのね。そんなこと気にせずにあたしとのデート楽しみましょうよ。
夢が覚めればあたしは折原とデートできないんだから。心配しなくても
デートしたことは瑞佳には言わないから、ね」

 しかし今の浩平にその七瀬の声は届いていなかった。

(思い出せ、思い出すんだ俺。誰とどこで会うつもりだったのかを。
 ――目の前が暗いな。)
「なあ七瀬、今日は日が暮れるのがやけに早いな。」
「折原、なに面白くない冗談言ってるのよ。まだまだ日は高いわよ。
瑞佳の所に帰りたいのは解るけど、でも駄目。帰らせてあげない」

その七瀬の言葉通り太陽は中天高く輝いていた。

(目の前が暗い、もう駄目なんだな。ああ、なんだか喉が乾く。血液が
足りないからだろうな。そうだ、川だ、川に行こう。そうすればなんとか
なるような気がする)

 もう浩平にはろくに前も見えず、右手の痛みも感じなかった。感じるのは
ただ左手の七瀬の温もりのみであった。それを力一杯握りしめる。まるで
残された生への執念であるかのように。そして水の流れる音と記憶を頼りに
川に向かって歩き出す。

「ちょっと折原、いたいわよ。でもそんなにあたしを想ってくれるなんて
うれしいな、えへへ」

川へ。その執念だけが浩平の体を支え、前に進ませた。だから川辺に
たどり着いたとき、もう浩平の体を支える物はなかった。

(長森、もう一度、もう一度おまえに会いたいよ)

それを最後に浩平を意識を失った。

霧が立ちこめていた。
霧はゆっくりと流れているようで、足下すら見えないほど濃く立ちこめたか
とおもうと、ふととぎれ、色とりどりの花が咲きみだれる岸辺や川面がすかし見える。
それが浩平が目覚めたときの光景であった。

(どうして俺はこんな場所にいるんだろう?そうか、これは夢でそのうち
長森が、『ほら〜、起きなさいよ〜』と起こしに来て夢が――――)
(そうか、そうだ長森はもういないんだ。俺の目の前で死んだんだ)

その時声が聞こえた。それは浩平が今一番聞きたい声であった。

『浩平どうしてこんなところにいるの?早く帰って』
「長森生きてたのか、よかった。おまえが死んだなんて嘘だよな
ただの悪い夢だよな」
『ううん、違うよ浩平。それよりも浩平、早く七瀬さんのところに戻って』
「いやだ、俺はもう戻らない。長森と一緒にここにいる!!」
『――浩平』
「俺はもう嫌なんだ。突然あんな狂ったゲームに放り込まれて、本当はずっと
怖かったんだ。でもおまえ達の、いや長森おまえのために怖いのを我慢して
精一杯気を張ってきたんだ。こんなの幻想だって。夢の中の物語だって。
いつもと変わらない日常なんだって、そう錯覚するほど自分自身をごまかして」
「俺がくじけたらみんな死んでしまう。そう思って必死に頑張ってきたんだ」
「でももう駄目なんだ、おまえがいないと、もう俺は頑張れないんだ――――」

『――わかったよ、浩平』
「――」
『浩平がそんなに苦しい思いしていたこと解ってあげられなくてごめんね』
「――」
『本当はね、わたしも浩平と一緒にいたいんだよ。傷つき疲れ果てた浩平
を抱きしめてあげたいんだよ。』
『浩平はたくさんがんばったからもういいよね。休んでもいいよね。
こっちに来て、浩平。わたしといつまでも一緒にいよう』

 浩平が声のした方向に歩き出すと、川があった。川の中に一歩足を踏み
入れたとき、また声がした。

『その川を渡ったら本当に戻れないよ、それでいいの――』

 その声が聞こえなかったかのように浩平は前に進もうとした。しかしそこで
彼の歩みは止まった。

(この川を、この川を渡りさえすればあんな狂ったゲームなんかやらなくて
いいんだ。ずっと長森と一緒に暮らせるんだ、でも――――)
(でも七瀬はどうなる?あの壊れてしまった七瀬は。繭もどうなる。どこかで
一人でみゅーみゅー泣いているだろう繭。その二人を置いてゆくのか?でも
俺は――俺は――)
『どうしたの浩平?』

それからかなりの時間が過ぎ去った。その間流れる川の音以外なんの物音も
しなかった。

「――駄目だ、長森。やっぱり俺はそっちにいけない。七瀬達を置いてゆけない、
それにおまえに助けてもらった命を無駄に捨てるなんてできない。
――帰るよ、俺」
『よくいってくれたね、浩平。それでこそわたしの大好きな浩平だよ』
「長森、最後にひとつ教えてくれ、俺達はまた会えるか?」
『うん、また必ず会えるよ。浩平が大人になって、恋をして誰かと
結ばれて、子供を育てて、その子供が誰かと結ばれて、そしていつか浩平が
天寿を全うする日が来たら、その時はきっとまた会えるよ。だからその時
まで、ちょっとの間だけ、さようなら浩平』

それを最後に浩平は目覚めた

(全部ただの夢だったのか、それとも――――。いや、どっちでもいい、長森の声を
もう一度聞けたから。そうだ、七瀬、七瀬はどうした?)

「あっ、おにいちゃん、折原さんが気がついたよ」

【折原浩平・柏木耕一・柏木初音・名倉由依合流】

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