食卓


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さて。
空はますますその赤みを増し、まもなく一番星でも見えようかという、その頃。
住宅街を歩く、二つの影があった。
「……ねぇ」
女が、先を往く男に話しかける。
男は応えない。
「……ねえったら」
先程よりやや上ずった声で、再び女が話しかける。
それでも、男は応えない。
「…………」
なので。
女は、実力を行使する事にした。
「人の話を聞きなさいよ!」
「ぎひぃ!」
女の蹴りが股間を直撃し、情けない悲鳴を上げながら男は倒れた。
「……不能に……なる…」
と言う、遺言を残して。
「勝手に死ぬな」
「ぐわっ」

薄暗い路地裏。
「……まあ、これを見てくれ」
と言って、祐一が自分のバッグをひょいと持ち上げ、繭に渡す。
そのバッグの軽さに少し驚くきつつも、繭はバッグのファスナーを引っ張った。
その瞬間、繭の目が見開かれる。
「こ、これは……」
深刻な表情で、額に汗さえ浮かべつつ、祐一はこくり、と頷いた。
繭はしげしげとバッグの中を覗きこんでいたが、やがて一言。
「……空じゃない」
祐一は、また頷いた。
「ああ、その通りだ」
まだ結構な重さのある自分のバッグを祐一の頭上に振り上げ、繭がひきつった表情で訊いた。
「……つまり、どういう事よ」
と。
その言葉に、祐一は胸を張って答える。
「水も無い食料も無い、腹減った」
繭のバッグが投下され、祐一が今日幾度めかの悲鳴を上げるのはその直後であった。

「……それはそれとして、確かに食料は深刻な問題よね」
繭の(実は郁未の)バッグには未だ結構な量の食料があったが、
それでもそう長く持つとは思えない。
参加者がまだ半分以上残っている現状では、早期的な終結も望めそうに無い。
勿論それは、最後の一人になるまで殺しあった場合、であるが。
「そうだろそうだろ」
鼻高々に祐一が語る。
「あんたは考え無しに食べただけでしょうが」
それはキノコを食べる前の繭本人にも言える事だったが、繭は当然その事は口にしなかった。
間違えてバッグを持ってきてしまった事に、多少の後ろめたさを感じつつ。
「…それで、つまりはこの住宅地になにか食料は無いか、と立ち寄ったわけね?」
繭がこほん、と小さく咳払いをして、仕切りなおす。
「まあ、そういう事だ」
祐一はそれに同意する。
繭は、ふぅん、と言うと自分のバッグから何かを取り出して、言った。
「……キノコ、食べる?」
「絶対に嫌だ」
間髪入れずに、祐一はそれを断った。

そしてまた、二人は当ても無く住宅街をさ迷う。
「うが〜、腹減った〜」
「五月蝿いわね…誰かに見つかったらどうするのよ」
繭が咎めるが、食べ物の事で一杯の祐一の頭に、その言葉は届かない。
と、突然祐一の動きが止まる。
繭はそれに反応しきれず、祐一の背中に顔を埋める事となった。
「な、何よ」
祐一は虚空を見て、うわ言の様に呟いた。
「メシの匂いがする……」
「はぁ?」
何言ってるの、とでも言いたげな表情で、繭が祐一の表情を見遣ろうとしたその時。
「あっちだ……」
ふらふらと、祐一は行ってしまった。
呆気に取られる繭だったが、
「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
すぐに意識を取り戻すと、慌てて後を追った。

「ここか……」
民家の前。
こんな状況下で灯りがついている、と言う時点ですでに怪しさ大爆発なのだが、
空腹で判断力が低下している祐一に、そんな事を気にする余裕は無かった。
堂々と門をくぐり、侵入しようとする。
「ちょっと待ちなさいよ!絶対罠よこれ!」
ようやく追いついてきた繭が、息も絶え絶えに祐一を引き止めようとするが、
流石に本気を出した男の馬鹿力の前には敵うはずも無く、
祐一の服の端を掴んだままずるずると引きずられる羽目になった。

ドアの前に立つ。
もう後戻りは、出来そうに無い。
繭が息を飲む。
ちゃっかり祐一を盾に出来る様、真後ろに隠れたままで。
そして、祐一がドアノブを掴み、

「メシ食わせろぉぉ〜ッ!」

勢い良く、開けた。
(あ〜あ、こりゃ死んだかもね)
そう覚悟し、繭が目を瞑ったその時。
「よぅ、相沢じゃないか」
呑気な声が、聞こえた。
祐一の影から、ちょいと顔を出す。
目の前には、金髪に限りなく近い茶髪の男と、グラマーな金髪の女が立っていて、
「このヒト、ジュンの知り合い?」
「おう!俺と相沢は、かつて幾多の死線を共に潜り抜けた…」
「いいからメシ食わせてくれ…飢え死ぬ…」
3人が3人、これまた呑気な話をしていた。

繭は、頭が痛くなった。

【相沢祐一・椎名繭と北川潤・宮内レミィ、遭遇。一緒に行動するかどうかは次の方次第で】

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