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お腹が空いた。

バッサバッサ

「……おいカラス、少しの間でいいからおとなしくしてろ」
大して怖くも無いが、妙な威圧感のある声で僕を促す。
さっきからじっとして、何をやっているんだろう。
左手に持った『小さい箱』をじっと見つめたままだ。
動くな、と言われた手前、体を動かさないように首だけ男の持っている箱のほうに向け覗き込んでみた。

ピッピッピッ

赤い点が、中心の青い点に向かって近づいていく。
男はそれから目を離さない。
息を潜め、右手には例の『危ないモノ』を構え、左手には『小さい箱』
人間のやることはよくわからない。心の底からそう思ってみた。
ピッピッピッ
静まり返った森の中、その音だけが響き渡る。
よくわからないけど、僕まで緊張してきた。
だんだん、赤い点が近づいてくる。
男は動かない、僕も動かない。

ピッピッピッピッピッピッピ……

突如、音が途切れた。

ぐう〜…

「………」

さっきとは打って変わって、これ以上無いくらい、情けない顔をして男は呟いた。
「……なにもこんな時に」

なんだ、どうやら男はお腹が空いていたらしい
こいつ人間のくせに、動かなくてもお腹は空くことを知らないのだろうか。
……いや、もしかして
とてつもなく嫌なビジョンが頭の中に浮かんできた。

―――僕の首を握り締め、形容しがたい邪悪な顔をしながら男は問う。
『カラス、どうやって食われたい?』
ぶんぶん、首を左右に振り。必死になって拒絶の意を示す。
『ここは、オーソドックスに焼き鳥か、それとも鍋に放り込んで茹で上がったところをポン酢で食うか」
……どっちも嫌過ぎる。
『この、カラステイマー国崎往人の体の一部になるんだ。光栄に思ってくれてもいい』
殺す気でいるのに、なんてえらそうな態度なんだ。バッサバッサ羽を動かしてみる。
『まあいい、とりあえず邪魔な羽を毟らせてもらうぞ』
きゅぴーんと音がしそうなほど輝いた目をこっちに向けて、男の手が伸びてきた。
こんな奴に食われてたまるか!


バッサバッサバッサ―――

「痛え! カラス!おとなしくしろ!」
……男の声が響き渡る。ここは森だった。
妄想に入り込みすぎて、爪を立ててしまったらしい。
これ以上男の機嫌を損ねないように音を立てないように羽をたたんでいく。

男は、言ってから我に返ったのか、『小さい箱』に目を落とす。
続いて僕も首を向ける。
点はまだ中心にきていない。
「聞こえてないか? あと10メートルくらいか…」
安堵の溜息と共に声を漏らし、例の『危ないモノ』を構える。
その顔は、カラステイマーの顔じゃなかった。

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