夜、走る
「じゃ、お先にな」
祐一にそれだけ言って、北川は男用寝室に(仮)に入っていった。
暗い静寂の中、祐一は一人取り残される。
窓の外は相変わらず星が綺麗で、地上にいる自分達を照らしてくれる。
いっそのこと、これから歩む道も照らしてくれたらいいのに、と思う。
そうすれば、こんな所で迷うこともない。
最後まで、まっすぐに進める。
その先に何があるかは、別の話だった。
部屋の隅にある自分の鞄に手をかける。
中には、僅かな食料と水、カスタムエアーウォーターガン、予備タンク。
幸運なことに、この武器を使ったことは、まだない。
ただ一度、名雪を威嚇するのに、口を向けただけ。
――名雪――
名雪はどうしているだろうか?
錯乱しているかもしれない、自分を助けるために真琴を殺し、そして銃を向けられ。
今思うと、軽率な行動だと思った。
だが、後悔してもどうにもならないのだ。
溜息一つつき、鞄を持ち上げた。
繭の言葉は、今でも胸から離れない。
それでも――
「悪いな、繭」
その場に彼女はいないのに、言う。
玄関に向かって歩き、
「どこ行くつもり?」
声を聞いた。
「なんだ繭、起きてたのか」
「どこ行くつもり?」
「こんな時間に起きたりして、子供は早く寝ろ」
「どこ行くつもり?」
「肌が荒れるぞ?」
「どこ行くつもり?」
祐一の言葉をひたすら無視し、繭はただそれだけ聞いた。
バツが悪そうに頭をかく祐一に、軽い侮蔑の視線を送る。
「これだから……男ってやることが卑怯よ」
ガキが何を言うか――と言いたくなるのを堪え、ただ
「悪い」
と謝る。
「悪いと思うんだったら、最初からやるんじゃない」
「今度からは気をつける。だから、今は――」
「はいはい。わかったわかった……まったく」
諦めの視線を送り、そのまま部屋の隅へ。
キノコが入った自分の鞄を、肩に背負った。
「繭?」
「行くなら行きましょ。見張りいなくなるのは痛いけど、多分大丈夫よ」
軽口を叩く。
「そうじゃなくて、お前さっき――」
「考えたんだけどさぁ」
またもや祐一の言葉を遮り、繭は続けた。
「あなたは私の奴隷でしょ? 奴隷は管理する人がいないと。
勝手な行動とられちゃ、困るのよね」
言って、笑う。
その笑みには、他に何の意図もなく。
「いいのか?」
祐一はそれだけ訊いた。多分答えは――
「しつこい男は嫌われるわよ」
思った通りだった。
もう何も言わず、祐一は玄関のノブを回す。
二人は静かに、それでも力強く、夜の闇へと躍り出た。
「行ったな」
「ジュン、行かせてよかったの?」
「どうせ行くだろうと思ってたしな。
朝になったら俺も動くよ。このCDを集めてみようかと思う。
『2』ということは、何かあるはずだ。今の俺には、それしか出来ない」
「そう。応援するヨ!」
「あれ、一緒に来ないの?」
「もちろん行くヨ! 上手くいったらいいネ!」
「そうだな――」
夜は、さらに深く、強く。
生きる者を、包みこんでいった。