完璧な部外者。


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自分がこの殺し合いに巻き込まれる数日前の事を思い出す。
そう――多分、あれが。
無口な叔父が、バイトにやってきた自分を、強く、強く抱きしめた。
店を閉じる、という、小さな一言と共に。
閉店の理由は聞かせてもらえなかった。
というより、叔父はまるで喋らなかったのだ。ただ、強く抱きしめただけ。
ぽろぽろと涙を流したのを見たのも初めてだった。

その理由が、自分を殺し合いに巻き込ませる罪悪感からだったというのは、あまりにも非現実的すぎた。

何故こんな戦いに、自分たちが巻き込まれたのか。
叔父が罪悪感の涙を流しながら、それでも自分たちを戦いの渦に放り込んだ訳は。
それを聞かないまま、命を終えるわけにはいかなかった。
そう――叔父さんは、同情の涙を流してくれたのだから。

スタート地点の近くで茂みに姿を隠しながら、彰は第五回の放送を聞いた。
その中に知り合いの名前はなかった。冬弥の名前も由綺の名前も。
初音ちゃんも無事だ。――それが、せめてもの幸運だった。
そして、――美咲さん、と呟いて、彰は息を吐いた。

数時間、経っていた。彰がそこに辿り着いてから。
マシンガンを構えて立っている兵士に、真っ向からぶつかって勝てる見込みはない。
だが、彰には策があった。
立っているのは一人だけ。他に気配も感じない。
失敗すれば終わりだが、成功の可能性は低くはない。
だが、こんなところで、危険を冒す価値があるのか、と思ってしまうのは、自分に勇気が足りないからではない。
叔父はここにいる、という、その確証がないからだ。
高槻というあの男がいるだけで、他に誰もいないような気がするのだ。
そんな風に思慮に耽る内に、彰は不思議な確信を得始めていた。
――きっと、ここに叔父はいない。長瀬のものは、誰もいない。
そんな直感があった。

長瀬家というものがある。
長く、長く続いた名門。その分家筋に当たるのが、七瀬家。自分の家である。
そういえば七瀬という名前の娘がもう一人くらいいた記憶がある。
きっと自分とは無関係だろうが、彼女の名前は未だ呼ばれていない。
まだ無事なのだ、という事実が、不思議な安心を彰に与えた。
――叔父、フランク長瀬。叔父も、長瀬家の末裔である。
そう――思い出してみれば、あの日の喫茶店に、叔父に似た顔の男がいなかったか――
いたのだ。髭こそ生えていなかったものの、似たような眼をした男が。
それを、彰は間違いなく眼にしていた。――無意識下のうちに。
だからこそ彰は、長瀬家が黒幕ではないか、と推測するに至ったのだ。

それにしたって、建物の守備が貧弱すぎるような気がする――
兵士を見ながら、そんな事を思い、――はっと、息を飲んだのは。
初音が修理した中華キャノンを思い出したからだった。
マシンガン……。そんなもの大した武装になろうか?
あの強力なレーザー砲を相手にした時、マシンガンなど鉄アレイ程度の役目しか果たさぬ。
誰か、強力な武器を持った人間が反抗を志せば、簡単に建物内部に侵入できるのだ。
――そこに誰かが(或いは何かが?)いるからこそ、門番は存在しなければならない。
しかし、門番の役目を果たさぬ門番に、何の意味があろうか。
彰は、だからそこで見つける事が出来た――小さな、小さなカメラを。
――体内爆弾。
ぶるり、と身体を震わせた。
もし自分が門番を襲撃したならば、その瞬間、自分は粉微塵になる。
思い止まって良かったと思う。
というより、最初にそこに思慮が回らなかったのは、自分がそれ程に愚かだったと云う事か。
だが、爆弾が体内に仕掛けられているなど、彰にはまるで実感がわかないから、
それは仕方がないと云えば仕方がない事だった。

彰は、だがそこで、ある種の疑問を抱いた。

しかし――
それならば、何故、門番を置く?
カメラがあるのならば、わざわざ門番を置く必要がないではないか。

そして、――爆弾について。
どうやって、特定個人を爆発させる?
どうやって、監視している?

そこまでだった。
それ以上を推理する事は現在の彰には不可能だったし、推理できたとしたら彼は天才である。

長瀬家の連中は、ここにいないとしたら何処にいるのだろう。
――島の外ならお手上げだ。
だが、島の中にいるならば。
あるいは、自分の直感とは違うが、この建物の内部にいるのだとしたら、
――そして、先の推論。どうやって企画者達は自分たちを監視している?

――そして、一つの推論に至る。
空を眺める――曇天で、何も見えない。
その裏に何かが存在するような雰囲気もないし、何かが飛ぶ音も聞こえない。
だが、空からなら、或いは自分たちを監視する事も出来るのではないか。
突拍子もない事を思いついたものだ、と彰は苦笑した。
そんなところにいたら、自分はどうしようもないじゃないか。
彰は少し身体を休める事にした。決行するにしろ、もう少し遅くになってからだ。
切り札を抱えながら、スタート地点のすぐ傍の茂みの中で瞼を閉じた。

門番を置く、その理由を、彰は半分ばかり、無自覚の内に理解していた筈なのだ。
自分の中に爆弾が仕掛けられているなど、信じられない。
爆弾を仕掛けられているのは、事実だった。
だが――ジョーカーを除いた参加者の中で、二人だけ、爆弾を仕込まれていない人間がいる。
その二人の為の門番だったのだ。
建物の中には高槻と、兵士が数人程度いるだけだ。
だが、そこには――通信機がある。

七瀬彰、そして、もう一人の長瀬――長瀬祐介。
この二人が、その意味で、この島に於けるイレギュラーだった。

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