すれ違う想い
「ふう…だんだん冷えてきたなぁ…」
昼間動き回ってたせいだろうか……体温の低下が激しい。
汗を含んだシャツがまだ冷たく感じられていた。
「ほんとは火を灯したいとこだけどな…」
不用意に危険を招くことはできない。
ただでさえここには守ってやらねばならない女の子が二人いるのだ。
「……そうですね…少し寒いですが、仕方ないです」
久しぶりに和樹の声に反応した少女。
「起きたのか…もういいのか?なんならもう少し寝てても…」
「いえ……もう落ち着きましたから。すみません、取り乱してしまって……」
「そうか」
「もう、日が暮れますね」
「ああ」
「暗いうちはあまり行動しないほうが得策だと思います」
「そうかもな…」
ゆっくりと上半身を起こし、和樹へと寄りかかる。
(すっかりなつかれてる気がする…)
和樹は思わず苦笑した。こういう形で頼られるのもまた、悪くない。
「とりあえず…状況をもう一度整理したいと思うんです」
「そうだな、次の行動もまだ決まってないことだし」
まだ眠る詠美の髪を軽く撫でながら、和樹もそれに従う。
「楓ちゃんはどう考えた?」
楓にばかり精神的な負担をかけないよう…と誓った和樹だったが、
それとこれとは話が別だ。
楓の頭の回転の速さは帰るための大きな武器なのだから。
「そうですね…まず胃の爆弾はあるということは間違いないと思います。
あの女の人にだけ爆弾が仕掛けられていて、偶然爆発させることができた…と考えるほうが
あまりにも不自然です……」
「まあ、そうだな」
「あの人…高槻さんは言ってました。『無理に取り出せば爆発する』と。
ですが、本当の所は…その…」
「まあ、そうだな(あんな奴にさん付けするな)」
楓は恥ずかしいので言いきれなかったが、いわゆる排泄行為やちょっとした吐き気で
外に出るような代物ではないのだろう。人間の生理的な現象で自爆というのは
主催側の本意ではない気がしている。
無論、和樹の考えのひとつに過ぎなかったが。
兎にも角も、無事外の世界に帰れれば爆弾処理はなんとかなるだろう。
「次に脱出経路ですが…おそらく脱出できる場所はないって思ってます。
むしろ『脱出できるなら脱出してみろ』と言われてる気がします。なにせ周りに陸地が見えません」
「………」
それは和樹も疑問に思っていたことだった。
「だけど、主催者もここで骨を埋める気だってんならともかく、生きて帰る気なら
絶対その手段があるはずなんだ。船とかがな…」
「はい。だから…」
「切り札は向こうにあり……か。みんなが生きてここを出る為には…」
主催側との正面対決は避けられないのかもしれない。
「ですが、船は見当たりません」
「船がないとすると…潜水艦か、無線で連絡をとりあって後、ヘリか飛行機がくるってとこか」
「……」
だが、一番有りそうな飛行機…空を飛ぶ乗り物は人の目に付きやすい。
すでに50人近くの人間が死んでいるのだ。
そんな中でマスコミの目をかいくぐるのは至難の業だろう。
「妥当な線としては潜水艦ですね……そうなれば…」
「やはり地下通路か?さっきも出たよな、その話」
「…決め付けるのは危険ですけど。……仮に無線で飛行機という形だった時は無線室、あるいは無線機を押さえれば助けが呼べます」
「その時は同時、あるいは先に胃爆弾のコンソール室を押さえなきゃな」
「そうなります」
スタート地点には――といっても和樹が知っているのは焼けた公民館だけだが――すでに黒幕の姿はない。
手の届かない…というより手の出せない所に隠れ潜んでいるのかもしれない。
だが主催側の人間(すでに事切れていた)が島にいたことを考えると、そこへつながる道があると考えるのが妥当だろう。
それは恐らく容易には見つけられない場所。
「あとは結界……だったっけ?」
「……その辺はよく分かりません」
「まあな…超常現象って言っていいのか分からないけど、苦手なんだよ」
楓の鬼の力…ほとんど発揮できはしない。鬼の威圧感と、常人よりも若干高い運動能力を出すのが精一杯だ。
「とにかく、それだけの事を成すには…」
「はい。仲間が少なすぎるかもしれません」
「映画だったら一人でもどうにかなりそうなのにな…現実は甘くないわ」
「私の知り合い…姉さん達に会えればきっと力になってくれます」
だが、楓の顔は晴れない。
千鶴の所為を思い出してのことか、姉妹の、そして耕一の無事を祈ってのことか、
それは楓にも分からなかった。
「和樹さんも心に留めておいて下さい。今話し合ったことは…」
「ああ、確実性はない推論…だろ?決めつけて行動するとロクなことにならないな」
「はい、それがいいです。正直分からないことだらけですから」
今和樹達にとって確実に分かることは……主催側の戦力が未だ不明瞭なことと、
現時点では同じ志をもった仲間には会えない…ということだ。当然先の出来事の胃爆弾の存在も認めざるを得ない。
そして、一番危険なこと――放送ですぐ名前が挙げられることからも伺えるが――
自分たちの行動が筒抜けな可能性があるということ――そうなったら今の状態ではお手上げだ。
相手に何らかの手段でこちらの手の内を知る立場にあったとしたら…(それはレーダーや隠しカメラ、なんでもいい)
例えば、胃爆弾を止める手段があったとして、それを素直にさせてくれるとは思えない。
むしろ、相手にとって侵入されて不都合な場所は何かしらの対応処置が取られていることだろう。
こちらには、反抗しうるだけの武器が支給されてるのだから、何も無いと考えるほうがおかしい。
それを見極めない限り、反抗しても犬死してしまうだろう。結局、脱出よりも先になすべきことは胃爆弾の爆発を押さえること――
――まったくもって頼りにならない情報量だった。
「…………」
「詠美…目が覚めたか?」
「……起きてた」
「そうか…」
いつから起きてたのかは気がつかなかったが、詠美は無表情のまま起きあがり沈みゆく夕日を眺めていた。
「夜の行動は控えたほうがいいと思う。疲れてるならまだ寝てたほうがいいぞ?
さっきのことは…俺も楓ちゃんも気にしてないから」
それは詠美を思いやってかけた言葉。だけど……
「かずき……わたしより…その子のほうがいいの?」
「……詠美?」
楓を睨みつける。
「わたしにはっ……もうかずきしかいないのにっ!
由宇も…南さんもいないのにっ……!!」
「え、詠美さん……」
楓が詠美にゆっくり手を伸ばし――
「さ、さわらないでよぉ!!」
その手は払いのけれれる。
「詠美…落ち着け!」
和樹が詠美の両肩をつかみ、揺さぶる。
「わたしじゃダメなの!?わたしじゃたよりにならない?
答えて!こたえてよっ!!」
「詠美……」
たしかに楓は可愛い。もう心のどこにも疑念も無いし、
絶対に守ってあげたいとも思っている。
だけど、それは恋人の好きのそれとは違う。
だが、楓の目の前でそれを告げるのはためらわれた。
「このどろぼうねこっ、このひとごろしっ…!わたしのかずきをかえしてっ……!!」
そして――その時最悪のタイミングで5回目の放送が流れた――
『二日目午後六時だ、早速今回も定時放送いくぞー……』
不快な声の中に混じる知り合いの名前…芳賀玲子、牧村南、そして…長谷部彩の名前もあった。
「彩ちゃんまで……」
和樹が悔しさに、己の不甲斐なさに、拳を震わせた。
そして詠美は……
「わたしっ、かずきのことしんじてるっ…だけどっ…だけどっ…」
そして、そのまま広場を飛び出した。
「詠美――っ!!」
「詠美さんっ!」
銃と、まとめてあった鞄を2つ――詠美と和樹の分だ――をひっつかむように手に持つと、
その後を追う。
本当はそのまま身軽なまま追いかけるべきだったのかもしれない。
だが、この島で武器を持たないのはあまりに危険……和樹の本能がそう体を反応させた。
楓もそれに続く。
「待てっ!詠美!!」
まさか、ここまで詠美の心は極限状態に追いつめられていたなんて……
(俺は、本当にバカだ――)
ただ、無我夢中で詠美を追った。
「はあ……はあ……」
手ぶらな詠美と、重い荷物を持った二人とでは走る速度が違いすぎた。
楓も常人よりは足が速いとはいえ、詠美のそれには遠く及ばない。
「くそっ!…くそっ…!」
手近な木を力任せに殴りつける。
「どうして…ちくしょう、俺はどうして気づかなかったんだ……
詠美が、俺を必要としてくれてたのに…
絶対に離しちゃいけなかったのに……!」
「…和樹さんは悪くない…私が…和樹さんを頼りすぎていたから…
それに…こんなときでも、千鶴姉さん達の名前がなくて…ホッとした自分がいたんですから…」
「…違う…自分を責めるな…」
本当は和樹にも分かっていた。誰も悪くないってことを。
次々と友達が死にゆく中、感情的になってしまった詠美も、
その悲しみを押し込めて、冷酷に見えるほど冷静に行動しようとしている楓も、
そして、気がついたら他人との触れ合いに恐れを抱くようになっていた和樹も。
「…探しましょう…!まだ遠くへは行ってないはずです。
今の詠美さんを一人にしておくわけには行きません!」
「ああ…詠美…無事でいてくれっ……!!」
気がついたら日は沈み、夜の帳が下りてきていた。
大庭詠美【初期配布武器(不明)紛失】
千堂和樹【詠美の武器(不明)回収(リンゴ含む)】