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竜虎


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巳間晴香(092)は目の前にあるそれを信じる事は出来なかった。
「嘘でしょ?兄さん・・・」
晴香は思わず兄、巳間良祐に覆い被さる。
「嘘でしょ!嘘だといってよ!兄さん!」
必死に体を揺さぶるが、応答なんてある訳がない。
「目を開けてよ・・・」
晴香は服が血で汚れるのも関わらず、良祐の体を抱きしめた。
その身はまだ暖かいのに、もうそれは何も晴香に応えてくれない。
「・・・あたたかい・・・?」
そう、その体は暖かい。それはつまり・・・
「死んで間もない・・・まだ近くにいるのね?兄さんを殺したやつが!」
晴香は血走った目であたりを見回した。
「どこにいる、どこにいるの!」
晴香はジョーカーとして高槻の元を離れてから、ずっと迷い続けていた。
智子達を助けたい。そのためならなんでもする。それは偽りざる気持ちだった。
だが、誰を殺せばいい?誰がもっとも生きる価値がない?
そんな反吐の出るような選択を自分はしなくてはならないのか?
いっそ自分の前に敵が現れてくれたら・・・そう思ってさまよう晴香の耳に聞こえてきたのが銃声だった。
急いでその場にきてみればこのありさまという訳だ。
「感謝するわ・・・」
晴香は低い声をだしてゆっくりと立ち上がった。
もはや迷う必要はなかった。自分は殺すべき敵を見つけたのだ。
「必ず、見つけ出して、このお礼はさせてもらうから・・・」

「初音ちゃん。あんたもちょっと休んだ方がいい」
折原浩平の声に柏木初音は笑顔で応えた。
「大丈夫だよ、浩平お兄ちゃん。お兄ちゃんこそ横になった方がいいよ?」
「そういうわけにはいかねぇよ・・・」
そういう浩平の声は、だがとても力強いといえたものではなかった。傷がまだいたむのだ。
あの一戦の後、気絶した浩平と七瀬留美をかついでこの湖ぞいのロッジに運んでくれたのは、柏木耕一だった。
だが、その耕一も今は・・・
「耕一お兄ちゃんも大丈夫なの?苦しそうだよ。二階で寝た方がいいよ。」
初音に対し耕一は黙って首を振った。
しゃがみこんだままの彼の息は荒い。額には脂汗が浮いている。
女装姿のマッチョは息を切らしているってのは傍目から見たらかなりヤバイ姿だが、その表情は本当に苦しそうだ。
それは、昨夜力を使いすぎた反動だった。
「へっ、その格好で、息あげてんのは犯罪だぜ。寝てこいよ」
「うるせー。怪我人のあんたこそ寝てろ」

今、寝室のある二階には名倉由依が寝ている。彼女の怪我も命に関わるほどのものではないが、浅いものではなかった。
(まぁ、気持ちは分かるよ、柏木)
本来なら、初音の言うとおり、自分達も二階に行って休息を取るべきだった。
けど、それは一階に初音と七瀬を残す事になる。それは、男としてあまりにみっともなかった。
(全く、ぼろぼろだな、俺達)
浩平と由依は肩を負傷、耕一は力の反動でろくに動けない。そして七瀬。
七瀬は特に体の方は問題無かった。だが、心は。
七瀬は今、部屋の片隅でうずくまっていた。膝の中に頭を埋めてその顔は分からない。
起きてはいるし、食事もとっていたが、終始何もしゃべらず、目もうつろだった。
(守れなかったのか、俺は。長森だけじゃなくて、七瀬も)
だめだ。くそ、このままじゃくじけてしまう。守るって誓ったのに。
いや、まだだ。まだ、七瀬は生きている。生きてるのなら守ってやれる。
「それじゃ、私、由依さん見てくるね。」
そういって、二階に上がる初音を見届けて、浩平は銃を握る手に力を込めた。
「無理するな、お互い」そう声をかけてくる耕一に
「ま、一応男だからな。」浩平が応じた時、
バンッ
という音がして扉が突然蹴り開けられた。
驚いて扉の方を振り向く浩平と耕一。その視線の先には。
「見つけたわよ・・・」
夕日をバックにした、日本刀を構えた女がいた。
「誰だよ、あんた!」
浩平はそう声をあげて銃を構える。
「巳間晴香。あんたらに殺された巳間良祐の妹よ!!」
その声と同時に女は飛び掛ってきた。

銃声、怒声、打僕音。
うるさい、もううるさい、静かにしてよ、お願いだから!
私はずっと、耳をふさいで、目を閉じて、うずくまっていた。
折原や耕一さんやそれと知らない女のどなる声が聞こえる。
もういや、なんなのこんな現実。
こんなの認められない、こんなのは嘘。
何も見たくない、何も聞きたくない、何も感じたくない。
だってこれは嘘の世界、あってはならない世界。
だから、私はすべてを遮断する。こうしてうずくまっている。
こうしていれば、折原が、耕一さんが守ってくれる。
あるべき世界を取り戻してくれる。
だって彼らは救世主だから。
でも、なるべく早くしてほしい。やっぱ怖いもん。
だめだ、もっと深く、もっと沈んで、もっと何も感じないようにしないと。
でも、そこで、会話が、今朝瑞佳と交わした会話が、頭に浮かんできた。

『あいつ遅いわね。何処まで水汲みにいってるのよ』
『でも、浩平立派だよ。昨日ずっと見張りをしてくれたんだもん』
『まぁ…それは感謝してるけど』
『…七瀬さん、起きてたでしょ明け方』
『な、何のこと?』
『いいよ、気を使わなくて。…ごめん七瀬さん。私、七瀬さんがおきてるのきづいてて浩平にあんなこといったの。やな女だよ。私。』
『…折原も気付いてたの?』
『気付いてないと思う。浩平鈍感だもん』
『そ、そう。ま、どうでもいいけど』
『よくないよ!だって、守ってほしいのは七瀬さんだっていっしょなのに!』
『な、なにいってるのよ瑞佳、あんな奴に守ってほしいだなんて思わないって』
『七瀬さん…』
『ま、まぁ、でも少しはうらやましいかな、瑞佳のこと。守ってやる、なんていわれるなんて乙女冥利に尽きるじゃない?』
『…私は、七瀬さんのほうがうらやましいよ…』
『は、私?何で?今朝の私って相当惨めだと思うけど。』
『私、浩平のこと大好きだよ。大好きだから、守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたいと思う。浩平の事、守ってあげたいと思うもん。だから、浩平を守ってあげられる七瀬さんのことがうらやましいよ。』
そのときの瑞佳はとても必死で、真剣で、切なくて、ああ、これが乙女なんだな、って私は思って。
そして、瑞佳は、その後、浩平を守って死んだのだ。
…なによ、なんなのよ、これは!!
そう、こんな現実は認められない。こんな現実は許せない。
私が、この七瀬留美が、こんなときにじっとうずくまってるなんて…!!
こんな現実を許すわけにはいかない。
なめないでよ、ふざけないでよ、
七瀬留美なのよ、私・…!!
私は起き上がると、ありったけの力をこめて、吼えた。飛び出した。

浩平達は苦戦していた。最初の銃の一撃がかわされると、その衝撃は今の浩平には辛く、銃を握る力が緩んだところに、日本刀を投げつけられたのだ。
 銃と刀はあらぬところに飛び、その後は格闘戦だった。
普段の耕一と浩平なら問題はなかっただろう。だが、このとき二人の体調はぜっ不調も極まれり、銃声を聞いた初音が加勢にきても、晴香のほうが圧倒的に有利だった。
だが、その場を一つの怒声が切り裂いた。
「おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
意外な方向からの七瀬の攻撃に晴香は意表が突かれた。
その頬に加速の乗った渾身の拳がめり込む。
「な、なによあんた!!」
体勢を崩す晴香。そこにタックルをしかける七瀬。
二人はごろごろ転がりながら外に飛び出す。
マウントポジションを取ったのは七瀬の方だった。
七瀬は晴香の襟をつかむと、
ごっ、
その顔に頭突きをかます。その筋の専門用語ではパチキとも言う。
「がぁ…!?」思わず悲鳴をあげる晴香。かまわずもう一撃と、七瀬は頭を振り上げる。
だが、そこは晴香もさるもの。それよりはやく肘で七瀬のあごを突き上げた。
「ぐあっ!!」たまらず身を除ける七瀬。その隙をついて晴香は七瀬を蹴り飛ばし間合いを取った。
「いったぁ…よくも乙女の顔を!」
「ど、何処の世界に頭突きかます乙女がいるのよ!!」
「わかってるわよ!!」晴香に怒鳴り返す七瀬。逆ギレともいう。「これが乙女らしないってのはわかってるわよ!!けどね!!」七瀬は息を吸った。
「危なくなったらピーピー泣いて!!助かったらヘラヘラ笑って!!私が憧れる乙女ってのはそんなに底が浅いものじゃない!!」
「な、なんだかよくわかんないけど、上等じゃない…!!」
「手を出さないでよ!!あんた達!!」
『出しません、出せません』
おもわずハモる傍観者3人。
夕日をバックにファイティングポーズをとる二人。
そして、由依は、
「ムニャ、ムニャ…うるさいなぁ…」
まだ、寝ていた。

「へちょい攻撃ね!!」
誰かさんのきめ台詞をパクリながら、晴香は七瀬の拳をいなす。
「いわせておけば…!!」
連続攻撃を仕掛ける七瀬。そこに、晴香の的確なローキックが炸裂する。
「っぐう…!!」そこは古傷のある場所だ。七瀬は顔をゆがめる。
「あんた…そこ…?」
少し動きを止める晴香に七瀬の反撃が繰り出される。
顔面にクリティカルヒット!!晴香の顔もはもう既にかなり腫れている。
無論それは七瀬も同じ事だ。多分、鏡をみたら死にたくなるだろうな、とかチラッとそんなことが頭を掠めた。
「あんたのパンチ、腰が入ってないのよ!!」
「あんたは目に頼りすぎよ!」
根拠のない罵声をかわしながら二人は殴りつづける。
「もうそろそろとめたほうがいいんじゃないかなぁ。耕一お兄ちゃん、浩平お兄ちゃん」
『情けないお兄ちゃんSを許してくれ、初音ちゃん』
勝負はここまではまったくの互角。だが、古傷のある七瀬のほうが少しずつおされていた。
そして、
ガッ、という音と共に七瀬のひざが落ちた。
「く…この…」
「ふっ・…格の、違いが、わかったかしら」
晴香の息も既に荒い。最後の一撃を放とうと拳を振り上げる。
だが、そこに、まるで場違いな声が響いた。
「もう…うるさくて…ねむれないですよぉ…」
「あ、由依さんおきたんだ。」
「へ?由依?」
おもわず振り返る晴香。
その隙を突いて、七瀬の渾身の力をこめた右ストレートが放たれた。
「…!?クッ!!」
それに反応する晴香。結果は。
七瀬の頬には晴香の拳が。
晴香の頬には七瀬の拳が。
そして両者は同時に崩れ落ちた。

【七瀬留美 巳間晴香 ダブルノックダウン】

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