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形而下の戦い〜邂逅〜


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死者の埋葬は骨の折れる作業だ、
と僕は思っている。
ただ穴をあけて埋めてやればいいというものじゃない。
その人物の死に際を偲び、それ相応の敬意をもってその終止を成さなければならないからだ。
誇りを持っていい仕事かもしれない。
何が言いたいかと言うと、まあ……つまり骨が折れるということだ。

「ふぅ……」
少年は一息ついた。
その近くの地面には、二つほど大きなふくらみがある。
墓標らしく見せようとしたのか、一方には木の枝が刺され、もう一方には白い小さな花が捧げられている。

落ちる日は、まるで死者を弔うように、優しい輝きを灯していた。

少年はしばし無言で立ち尽くす、だが――。
「……いるんだろう、出て来て良いよ。殺気が無いのは分かってたから。
 大丈夫、僕も危害を加えるような真似はしない」
どこに向けて言ったのかも分からないが、ともかく彼はそう言った。

「……気付いていらっしゃったのですか」

誰もいないはずの背後から返事が返ってくる。

「まあ、ね」
振り向きもせず少年は答える。
「そんなにおどおどしていては、絶っているつもりの気配にも影響が生じるさ」
「……そうですか」
声の主は、それまで誰もいなかった木々の狭間に姿を見せた。
「さらには、もうずいぶんと懐かしい不可視の波動の残滓まである。
 これを僕が見紛うはずが無い」
その人物は、シスター風の服に白い十字架の形をしたブローチをあしらい、
長く美しい金髪をカチューシャで抑えていた。

「そんなことまでわかるというのですか?」
その人物――女性――は問い掛けた。
「封じられただけだ、無くなった訳じゃない。封じられようとどうであろうと、
 その力自体は、常に自分自身の中に息づいてるのさ」
少年はそういうと、やっと振り返りそして彼女を見た。
「君か、A−12。確か直接の面識は無かったと思うが……」
「はい、そのとおりです。お初にお目にかかります」
A-12、鹿沼葉子は丁寧に頭を下げた。
「ああ、初めまして。あれほど近くにいたのだけどね、僕は君と会わないことになって
 いたのでね」
「存じております。郁未さんの話でうすうす感じておりましたので」
「そうか、君は聡明だな。
 ――ところで敬語はよしてくれないか? 性に合わなくてね」
少年は苦笑してそう言った。
「……ですが、これも私の性ですから」
葉子はにこりともせずにそう言った。
「そうか……。いや、ならいい。むしろ君はFARGOへの信仰に全てをかなぐり捨てている 部分があった気がしたからな。そういう”個”としての性質が生きているのなら、
 それは逆に安心できることさ」
「……もちろん、それだけではありませんが」
葉子は後から付け足した。
「何かあるのかい?」
「あなたが敬うにふさわしい対象であるからです」
葉子の目は真剣そのものだった。
一瞬沈黙する少年。
「…………力かい?」
「はい。この状況下では不可視の力を発揮することは出来ませんが、それでもあなたには ……なんというか余裕を感じられます。それはそれ以外の力に裏付けられたものだと
 私は思っています。
 そして、仮に不可視の力が全て解放されたとしても、あなたに敵うとは思えません」

ザァアアアアアアアア……。
風が木々を揺らす、葉が悲鳴をあげる。

「畏怖、なのか」
「あるいは、それに近しいものだと思います」
「まあ、それならそれでいい。だがクラスAの人間が、そこまで僕を持ち上げることも
 無いだろう。君らが結束すれば、あの月を凌ぐのも容易いだろうに」
「たとえそうだとしても、私があなたに敬語を使うことに変わりはありませんよ?」
少年は目をぱちくりとした。
「あ、ああ。そうかい。いや、そうだね」
少年はまた笑った。――どことなく照れ隠しのように。
感情の起伏が少ないように見える葉子と、常に笑みを絶やさない少年。
二人の関係は丁度正反対のような感じだった。

葉子は先ほど少年が造った墓標に目を向けた。
「また、人が死んだのですね」
「ん……、そうだね」
「墓を作って差し上げるなど、普通の方にはできませんよ」
「それは褒め言葉に受け取っていのかな?」
苦笑する少年。
「もちろんです」
即答する葉子。
「なら、一応礼を言っておくよ」
少年は墓を一瞥した。
「花を捧げた方は女の子さ。見た感じは優しそうな子で、穏やかな死に際だった」
「…………」
「枝を捧げた方は……もしかしたら君も知っているのじゃないか?
 かつてFARGOにその身を尽くしていた男、巳間良祐さ」
「巳間……」
「そう、恐らくご想像の通りだ。郁未の友達にいたな、確か……巳間晴香とか言ったか」
「…………」
「本来なら例え身内といえども感傷に浸っているべきではないんだろうが……、
 まあ、ずいぶん僕も感化されたって言うことだな」

「あなたが駆けつけたときには、もう……」
「ああ、事切れていたよ。残念だが致し方ない。あいつの意志は継ぐよ、と言うより
 もともと同じ目的を追いかけていたと思ったんだが……。全く、どこで寄り道したんだか」
はぁ、と少年はため息をつく。
「まあいいさ。過ぎたことを悔やんでいる暇こそ僕らには無い」
「……句を、捧げておられましたね」
ぼそっと葉子は言った。
「おや、そんなときから君はいたのか? 全くあの時は穴掘りに夢中だったようだな」
「いえ、むしろあの声を聞いたから私はここへやって来たんです。あなたが不可視の力を
 読むと言うなら、私にはあの文句こそ間違いようがありません」
その言葉には、さも当然と言った風なニュアンスが込められていた。
「よほど敬虔な信者だったんだな。まさか教典の文句まで網羅しているとは……」
そういうと少年はごそごそと鞄の中を漁り始めた。
「っと、あった。これのことだな」
少年は本を取り出した。
「生憎だがもう教典は存在しないだろう。いま持っているものはいわゆる偽典だ。
 ――あらゆる意味でね」
少年は懐かしいものでも見るような目でそれを見た。
「原本は既に失われてしまった。FARGOが出来る寸前のことだ。
 そもそも、いくつかの教団がFARGOの母体になったのだから混乱しない方がおかしい。
 そのどさくさで失われてしまったことに変わりはないがね」
葉子のそれを見る眼差しも、あるいは少年に似たものだったのかもしれない。
「すでにこの内容は意味を為さないものになていたが……、そんなものでも役に立つことがあるのだからな」
「なぜ、いまさらそんなものをお持ちになって?」
「おいおい、君までそんなもの扱いか。まあいいか?
 これはただの偽典じゃない。巳間良祐が作り上げた最高傑作さ」
少年はペラペラとページをめくってみせる。
「……そう、これは武器だ。僕のために作られた、ね。
 仕組まれたゲームに対する、ささやかな反抗――と言うか前準備だな」

「武器?」
葉子はいぶかしんだ。その本に武器たり得る要素を見出せなかったからだ。
「まあ、これ自体では意味を為さないものだがね。
 それでも状況さえ見紛わなければ、すばらしい効果を発揮してくれる」
「……そうですか」
葉子の表情は釈然としない。
「そんなに気になるかい? なら、君の事を教えてくれたら僕も秘密を明かしてあげようか」
少年はそう提案した。
「私の……ことですか」
「そうさ、まだ君が敵で無いかどうかはっきりしてないからね。
 なら明らかに致命的なことを喋ってもらえば、どちらにせよ都合がいい」
葉子は少し口ごもる。だが、すぐ口を開いた。
「……私は、高槻のところから来ました」
「ほう?」

「理由は一つ、巳間晴香と行動をともにしていた方々の抹殺です」

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