形而下の戦い〜走る〜
「ぐ……何よ何よなんなのよあの人っ」
詩子は柄にも無く毒づいていた。
まだ喉が痛む。
凄い力で締められた。
あれが女の人にやられたなんて信じられない。
恐らく、くっきりと赤い手形が首についているんだろう。
よく逃げてこれたものね……、ホントに。
死にたくない。
死にたくないよ。
その一心だった。
無我夢中だった。
全速力で走った。
よぎる。
狂気に囚われた、恐ろしい彼女の様相が。
「うっ!」
意識が途切れる。
闇に……沈む。
……ありゃ? ここどこだろ。
いつのまにこんなとこに迷い込んだのかな。
なんだか体が軽ーい。
気持ちいい……。
……ていうか地面無いよ、ここ。
何で私沈んでないの?
えっと……たしか森のり口で待ってて、
それでいつまでも来なくて、
変な女の人に襲われて……。
……ってそうだよ!
私襲われたんじゃない!
思わず首に手を当ててみる。
……ありゃ、痛くない。
すごく苦しかったはずなのに。
……しかもよくよく考えたら私、
全力で逃げてたはずだし……。
ポンっ。
そっか。
これ夢だよきっと夢〜。
な〜んか妙にふわふわしてると思ったのよね……。
……でもいつの間に眠ったの、私。
確か走っていたはずなのに。
ドクン。
喉が、疼く。
私――死んだの?
「そんなことはないです」
え!?
……誰!?
「あなたはちゃんと生きていますよ、詩子」
茜!?
「ハイ」
良かった……。茜、無事だったんだ。
「ハイ」
相沢君に、会ったんだよね?
「ハイ」
うん……、でもとにかく元気でよかった。
「詩子」
茜が私の手を取る。
「こんなところで倒れていてはダメです」
え……。何……?
「まだすることがあるはずです」
そう……なの?
「頑張って生きてください」
……うん。
「では起きて下さい。そろそろ起きないと遅刻しますよ」
「…………あ」
むくり、と起き上がる。
いつのまに倒れていたんだろう。
「私……、気を失っていた?」
首をしめられた時に喉を痛めたんだ……。
それなのに全力で走ったりしたから……。
呼吸困難で失神……、かっこ悪い。
右の手のひらにほのかな温かみ。
そういえば、なんだか懐かしい人と会った気が……。
――まさか。
キョロキョロとあたりを見回す。
だが周りには誰もいない。
誰かがいた様子も無い。
「――茜」
パン! パン!
両頬を手のひらで叩く。
鮮烈な痛みが走る。
でも、なんだかすっきりした。
眠気覚まし代わりだ。
さあ、いこう。
まだ、立ち止まっていられない。
「……よし」
そして、私は再び走り出した。
まだ見えない森の終わりと、この闘いの終わりを目指して――。