夜の森往く抵抗者
ブツッ。
放送が途切れる。
もう何度足を踏み入れたかわからない森の中で、茜は五回目の放送を聞いていた。
残りは51人という言葉が心に残る。
英二の死を看取りその妹に狙われてから、茜はこれまで、これといった行動を起こしていなかった。
と言うより、誰とも出会うことがなかっただけなのだが。
自分の知らない所で、気付けば多くの人間が死んでいた。
(……さっきの放送、長森さんの名前がありました)
同じクラスの少女、誰にも優しく、おだやかで。
そんな彼女も、死んだ。
むしろ、あのような性格だからこそ、こんな状況で生きていけるわけなかったのだと思う。
さほど親しくなかったクラスメートに、短い黙祷を捧げる。
その途中だった。
「里村茜だな」
自分に、声がかけられたのは。
「……誰?」
親しくもない人間に呼び掛けられたら、とりあえずそう返すことにしている。
だが、この顔には一応見覚えがあった。
たしか、ゲームの管理者、高槻と言ったか。
「おいおい忘れちまったのか? ゲームの管理者、高槻だ」
どこかの誰かと同じことを言う。
ひょっとしたらこの男も、根はなかなか面白い奴なのかもしれない。
歪んではいるが、一体何がこの男に影響を与えたのだろうか。
茜はふと、そんなことを思った。
「……私に、何か用ですか?」
怯えもせずに、言う。
自分でも驚きだった。
なにしろこの男は、こんな恐ろしいゲームの管理人なのだ。
「あぁ、用があるのさ」
高槻は口のはしをにやりと歪め、言った。
「お前は今のところ、このゲームの殺人ランキングで2位になっている。
1位は藤田と言う男なのだが、こいつが随分と丸くなっちまってな。
殺人者として見込みがなくなっちまった。
そこで、だ、お前には『ジョーカー』をやってもらいたい」
「……『ジョーカー』ですか?」
「あぁ、そうだ。まだ生き残りが半分もいる。
どいつもこいつも、仲間意識が強くて、殺しなんぞやりそうにない。
だからお前には、そういった連中を排除してもらう」
茜にとって、それはよくわからない提案だった。
「……よくわかりません。
……言われなくても、私を殺そうとする人がいれば、私は殺します」
「違うんだよ」
高槻は茜の言葉を否定した。
「お前には『手駒』になってもらうのさ。俺達がバックにつく。
定期的にこちらから場所を連絡して、その場にいる人間を一人殺せばいい」
「……私にメリットは?」
その茜の言葉に、高槻は笑みを深めた。
「8人殺してもらえればいい、そうしたらお前はゲームから開放してやる。
武器も良いのを渡してやるし、食料も与える、安全な寝床も用意するぞ?
この島で、俺達に把握できていないことなんかないからなぁ」
「……そうですね。あなた達がこの島を造ったのですから」
茜の言葉に、高槻の笑みが凍り付く。
「何故知っている、貴様」
「……簡単なことです。私は百貨店に入りました」
「だから、何故それでわかったんだ」
「……人の生活の気配がありません。この小さな島に百貨店があるのもおかしいです。
……それは住宅街も同じ。この森にしたって、動物が少なすぎやしませんか?
……家の中には包丁や食料があり、工事現場にも武器になりそうなものがあります。
……全部含めて、このゲームの為に用意されたものなのでしょう?」
何事もなかったように言い放つ。
茜の言葉に高槻は言葉をなくし、そして笑い出した。
「ハァーッハッハ。気にいった、気にいったぞお前。
俺達の力は強大だ、もし受けてくれるなら、今後お前の人生全て保障してやってもいい。
どうだ、やってくれるな?」
提案は、茜にとって魅力的なものだ。
所々で補給したとは言え、食料や水も尽きかけている。
夜になったら、また寝床も探さなければいけない。
何より、自分は帰りたい。
だが、何よりも決定的なこと。
(……私は、現実的なだけです)
高槻が銃身も持ち、グリップを茜に向けた。
「さぁ、銃を取れ」
茜は右手を動かし――
「……嫌です」
隠し持っていた銃で、発砲した。
弾丸は高槻の両腕を貫き、高槻は銃を取り落とした。
すかさずその銃を蹴り飛ばし、奪う。
「き……貴様ぁぁぁぁっ!
何故だっ! 何故乗らないぃっ!!」
高槻が叫ぶ。その声は怒りで満ちていた。
「……私は現実的なだけです。
……利用するだけしておいて、裏切るつもりだったでしょ?」
冷たく言い放ち、歩き出す。
「貴様、俺を殺さないのか?
管理室についたら、絶対にぶっ殺してやる!」
その脅しにも、茜は立ち止まらず言った。
「……あなたには無理です」
「あの女……殺してやる、ぶち殺してやる……」
森の中を、血だらけになりながら歩く。
許されることではなかった。自分があんな小娘に遅れをとるなど。
あってはならないことだった。
だから――
ダンッ、ダンッ!
高槻は、撃たれた。
森の中から、人影が近付いてくる。
その人影は高槻の傍らで立ち止まり、死体となったそれを蹴り飛ばした。
人影は、死体と全く変わらぬ姿形。
高槻だった。
「05の馬鹿が。先走りすぎなんだよ。
上――主催と観客は、あくまで仲良しごっこを楽しんでる連中が、最後には醜いさま曝け出して殺しあうのが見たいんだよ。
『ジョーカー』なんぞ用意して、楽しみ潰しやがって。
今頃他の『高槻』には厳重注意がいってるよ。
だがお前はこれでいい。小娘ごときにやられる貴様なぞ、いらん」
自分と同じ姿をした高槻を蹴りながら、高槻は言った。
「何故お前のナンバーが『05』なのか教えてやろうか?
お前は5番……5体の中で一番出来が悪かったんだよ。
さて……こちら04。05は排除――」
そこまでだった。
「……な?」
自分に何が起こったのかわからなかった。
そのまま口と額から血を流し、05の死体の上に重なるように倒れる。
全く同じ姿をした二つの死体。
04を狙撃したのは――立ち去ったはずの茜だった。
「……いろいろわかりました、ありがとうございます。
……でも、死ぬ前に悪事を喋るのは、三流のやることです」
04の死体から銃を奪う。
05から奪った銃はサイレンサー付きだった。
そのせいで、04には銃声が聴こえなかったのだ。
「……だから言ったでしょ」
05を見下ろし、呟く。
「……見てますか?
……私は簡単には死にません。
……ゲームのルールに従い、生き残ります」
この様子をどこからか監視している存在に、誓う。
風の吹く夜の森を、茜は歩き出した。
【高槻04、高槻05死亡 残り高槻4人】
【05からサイレンサー付き銃、04から銃入手 種類は不明】
【主催側から高槻に干渉 高槻はゲーム参加者に手を出すことを制限】