形而下の戦い〜対話〜
「抹殺ね……、穏やかではないな」
「高槻は巳間晴香をだまし、このゲームに置ける殺人者に仕立て上げました」
「ほう」
「その脅迫の内容は、囚われた仲間の身柄と交換に、10人の人間を殺すこと」
「奴の考えそうなことだな」
「ですが、確保していたと見せかけていたその仲間は、人形を使ったダミーに過ぎないのです」
「へぇ」
「即ち、彼女の仲間はまだ無事だと言うことです。だが、それが高槻には面白くない」
「まあそうだろうな」
少年の返事はまさに面白がっていると言うのが適切だった。
それを見た葉子には、なんだかその様子が不思議に思えた。
「で、基地を下ったきたはいいが不可視の波動を追うわけにも行かず、
仕方なく放浪していたら、懐かしい教典の一節が聞こえてきたんで近づいてみた、と言うわけかい?」
「……ハイ」
葉子はうなずいた。
「フフ……、分かったよ。で、君自身はそれをするつもりなのか?」
「…………」
葉子は返事をしなかった。
少年は彼女の顔を覗き込むように言った。
「まあ、それにそう易々と返事は出来ないよね。じゃあ質問を変えよう」
葉子は、何ですか、と聞いた。
「君はもし究極の決断を迫られたとき、高槻と信仰、どちらを取る?」
「……どういう意味なのでしょうか?」
「確かに高槻はFARGOの人間で、研究者としての地位も持っている。
だがそれはあくまでクラスBまでのことだ。
クラスAであいつが動く必要性は無い。
そして、奴自身はなんら信仰と言うものが眼中に無い。
だが――それでも恐らく唯一この島で君の”上”と呼べる立場ではあるだろう」
葉子は黙って聞いている。
「信仰とは即ち”君”自身のことだ。
自分を殺してまで敬う信仰も無いと思うが、もはや君はそんな地点を遥かに通り過ぎている。
本能に刻まれた信仰と、君としての理性が完璧に一致している。
言うなれば”忘我一体”とでも表そうか?」
葉子は黙って聞いている。
「その前提があって初めて問うことが出来る内容なんだが……。
少なくとも高槻が信仰の対象になることは無いと僕は思う。
君には従うべきものが既にあるんだしな。
それを踏まえて……ね」
葉子は黙って聞いている。
「君は今高槻の命令で動いている、というようなことを喋った。
だが僕には一概にそうは思えない。
殺すときには殺す。それもFARGOの忠実な信徒として君はそれが出来る。
だがそれは高槻の命令と同義たるものではない。
改めて聞く。
君は高槻の命令で人を殺すのか?」
葉子は――黙っている。
その表情は少し、曇ったようにも見える。
少年は今一度彼女の顔を覗き込む。
「……いいよ、もう分かった。君が殺したいのは巳間の妹じゃない。
……高槻だね?」
コクリ、と葉子はうなずいた。
「敵を欺くにはまず味方から。味方を欺くにはまず自分から。
自分を欺くことが出来たのなら、もうそれを見破れるものなどいない。やはり君は聡明だ」
葉子は黙って聞いている。
「それでどうする気なんだい? 巳間の妹に会って」
「出来るなら……止めたいとは思います」
葉子は再び口を開く。
「今はまだ、時期ではありませんでしたから」
「そうか」
再びの沈黙。
二人の間を風が凪ぐ。
「……君はもう十分喋ったな。なら、僕も件の話をするよ」