詠美ちゃんの推理
周りに誰もいないことを確認すると、詠美はそこに座り込む。
ちょうど、和樹が座っていた場所に。
「……えっと…たしかかずきは……」
詠美は和樹達の言葉を一生懸命に頭に思い描いた。
こう見えても詠美は短期間の記憶力には自信があった。
その記憶力で何度テストを乗り切ったか分からないほど。
「そう!せんすいかん!!せんすいかんといえば……およぐ!…そんでもって……もぐる?」
だが、応用力はなかった。
「ふみゅ〜ん……」
途方に暮れかけたが…
「まだよ…いちおう会話のないよーは全部暗記してるんだからっ…たぶん。
えっと……たぶん忘れない」
詠美は必死に頭を働かせ、脳裏に言葉を焼き付ける。
本当は詠美にも分かっていた――心優しい楓と、和樹の、二人の言葉。
絶対に忘れたくなかった。忘れることは、今の詠美を否定することだから。
「なかま…そう、なかまをさがす…そしていっしょに考えてもらえばっ」
しかし、詠美が昼間会ったカップルのようにいきなり襲ってくる者もいるかもしれない。
「どうすれば…」
こんなに頭を使ったのは初めてだったかもしれない。
「そうだ…楓ちゃんに…」
――私の知り合い…姉さん達に会えればきっと力になってくれます――
「えっと…柏木って女の人をさがせば…なんとかなるかな?」
詠美がやっと出した答えはこれだった。
「……そうよ。わたしは同人界の女王なんだから!!」
自分を勇気付けるように、詠美が勢いよく立ち上がる――と同時に何かがポケットから転がり落ちた。
「え…何?……CD?」
それは――もしもの為に楓が詠美の服に忍ばせていたCD――
――楓は、南に対し、強い疑念を抱いていた頃…そして、どうしても南に渡せなかったCD。
楓は無意識のうちに悟っていたのかもしれない。このCDに何か手がかりが隠されていたこと、
そして、おそらく自分はその謎の解明を果たすことなく散ることまで――
楓がどう思っていたか…もう詠美には、そして誰にも分からないことだった。
「…何…これ…4/4?…ふみゅ?」
そんないきさつなどまったく知らない詠美がそれを拾い上げまじまじと見つめる。
「なんかの…音楽CD?…まあ、いいか」
詠美はそれをもう一度大事にそれを服にしまう。
それは何気ない仕草は偶然だったのかもしれない。
だが、そのCDが後でどれだけの役割を果たすかは、詠美は知らない。