狩のはじまり
「ずいぶんとぼろぼろになったな、あんた達」国崎往人(033)の問いかけに、
「ええ、まったくですね」と、水瀬秋子(090)は答えた。
実際、往人の前に現れた水瀬秋子と水瀬名雪(091)の姿は痛々しいものだった。
二人とも服は汚れ、秋子の頬にはバンドエイドが、そして何より名雪の頭には包帯が巻いてある。
だが、二人ともその顔にはいつもの朗らかな笑顔が浮かんでいた。
(たいしたもんだな)それを見て往人はそう思った。
前回の生き残りでそれなりに修羅場を潜り抜けている秋子はともかく、名雪のほうまで笑顔で、
「わ、なに往人さん、そのカラス。お友達?」とか往人にしゃべりかける。
「んなわけあるか。非常食だ」
「わ、ひどいよ往人さん」
「こんな奴、それで十分だ。おいこら、つつくな」
「往人さん、ひどいよー、鬼畜だよー」
往人は「うるせぇよ。」などと返しながらも、久方ぶりに(っていっても一日もたってないな、おい)交わす明るい会話に少し心が和んでいた。
少し表情を緩めて秋子の方を見る。
「てっきり、喫茶店にずっといると思ってたが」
「そうしたかったのですが・・・あの後襲撃を受けてしまいまして」
「襲撃?」往人の目が鋭くなる。「誰にだ?」
「名前のほうはわかりません。ですが姿のほうは見ました。」
秋子は真顔になって答えた。
「長い黒髪で割と長身の、切れ長で多少たれ気味の目をしたきれいな女性です」
秋子はそのほかに武装、服装等の細かい特徴を、往人に告げた。
「この出場者の中にはジョーカー、主催者側に雇われた殺し屋が幾人か紛れ込んでいるようです。往人さんも気をつけてください。」
「ジョーカー、だと」往人は低く呟いた。
最後に彼が殺した女を思い出す。真剣な、どうしようもなく必死な、そんな思いを抱え、それでも人を殺すことしか方法がわからなかった、あの少女のことを。
「・・・許せんな。」
「そうですね…」ため息と共に秋子も同意する。「そのジョーカーに襲撃を受け、琴音さんの行方もわかりません」
「そうか・・・大変だったな」往人は名雪にも何か言葉をかけようとして彼女のほうを向いた。
そこで、往人はかすかな違和感を感じる。名雪がこの会話中もずっと笑顔のままだったので。
確かにいつも笑顔の少女、というイメージは合った。が、こんな張り付いたような笑顔をするような子だったか?
「ところで、往人さん。探し人は見つかりましたか?」
「あ、ああ・・・」だが、秋子の問に、そんな違和感は頭の中に定着する前に消えていってしまう。
「まだだ。このレーダーでは番号しか表示してくれないんでな」
先ほども、017番の表示が出たので、本人に気が付かないようにして確認してみたが、それは長身でやや筋肉質のショートカットの女。彼が探す神尾観鈴には似ても似つかなかった。
もっともこのレーダーのおかげで、慌てて逃げた先、水瀬親子の存在をキャッチできてこうして合流することができなのだが。
「もう少し立てば放送が始まるから、番号も絞れるかもな」
多少の罪悪感を無視して往人はそう吐き出すようにいった。
「・・・その番号なんですが・・・あなたの探し人は神尾、でしたよね。」
秋子は頬に手を当て首をかしげる。
「それならば、おそらく番号は023,024、025のどれかじゃないかしら」
「…なんでそういいきれる?」
「昨日の高槻の放送です。高槻がこの5人を殺せ、といったとき、その中に鹿沼葉子さんという方がいました。その人の番号が確か、022だったはずです。そしてすでに河島はるかさんという、026番の方が放送で呼ばれましたから・・・」
「そうか!」往人は慌ててレーダーを覗き込んだ。神尾は晴子と観鈴がいるから、024は必ずどちらかの神尾であるはず。「いた、おそらくこれだ」
023と024がいっしょの場所にいた。他にもう一人そばにいる。025のほうは海岸のほうにいた。
「多分、023と024のほうが正解だろうな・・・助かったぜ秋子さん」
「よかったわ。ここから近いの?」
「ああ、今きた道を戻ったところだ」それは、先ほど017を見つけた少し先にいったところだった。
「これだったら、すぐ見つけられるな。あんたらはどうする、ついてくるか?」
「いえ・・・」秋子は首を振った。
「私たちは元から知り合いの信頼できる人と合流したいと思います。そこでなんですが・・・」秋子は一度言葉を切る。「あつかましいお願いですが、そのレーダーをお返しできないでしょうか?」
「レーダーを?」
「はい、喫茶店にいるうちは必要もないものだったのですが、こうなってしまった以上、はやく頼れる人と合流したいのです。名雪の怪我のこともありますし。」
「そうか・・・」往人はしばし逡巡した。だが、
(この距離なら、レーダーがなくてもすぐ観鈴達とも合流できるだろ)
もちろんこちら移動している間に、彼女達も移動するかもしれない。だが、探せないということはないだろう。もうすぐ日が暮れるというのは不安要素だったが、あるいは夜のうちは向こうも動かないかもしれないし。
「そうだな・・・もともとあんたらのもんだしな。いいぜ、もってけよ」
「いいんですか?」
「ま、今の礼もあるしな。それじゃ、俺はそろそろ行くぜ。急ぐことになったからな」
「うん、それじゃあね、往人さん」名雪が笑顔で往人に別れの言葉を告げる。
「あばよ」そういって立ち去ろうとした往人の背中に秋子の声が投げかけられた。
「・・・待ってください」
「?何だ?」
「・・・いえ、その」言いよどむ秋子。その姿に往人は多少の驚きを感じる。そんなことをするような人には見えなかったので。
「・・・あなたは・・・私たちと別れた後、敵に会いましたか?」
「ああ」
「殺し、たのですね?」
「ああ」
「そうですか・・・後悔はしませんでしたか?」
「ああ」
往人は秋子の彼女らしくない質問に三度同じ答えを返す。
「その人たちにはその人たちなりの事情があったかもしれないのに?」
「そして、俺には俺の事情がある。俺は、俺の大切なものを守りたいと思う。そのためには、後悔なんて、しない」
「・・・そうですか・・・それならばもう・・・」
秋子の声が徐々に小声になっていく。
「なんだって?」その声を聞き取れなかった往人が聞く。
「いえ、何でもありません。お気をつけて往人さん」
「・・・あんたらもな」
往人は聞き逃していた。
秋子が、それならばもう、あなたは、私達の敵ですね、といったのを。
「何で、あんな嘘ついたの?お母さん」
「ジョーカーのこと?あら、あれはまったくの嘘じゃないわよ」
秋子はカラスを肩に乗せて去っていく往人を見つめながら、名雪に答えた。
「・・・そうね、ちょっとした宝くじかしら」
別にあの嘘に大きな意味はない。話の流れで、「敵」というものを往人に説明しなくてはならなかった。
そこでうかんできたのが、あの人、柏木千鶴だっただけだ。
そう、彼女、柏木千鶴も、もはや秋子の敵だった。
彼女が妹達や従兄弟を守るために殺人を辞さないというのならば、彼女もまた往人と同じように敵なのだ。
そして、その敵同士がつぶれあってくれれば・・・
(本当に宝くじみたいな話ね)秋子は首を振った。
「さ、あゆちゃんと祐一さん、探さなきゃね。」
「うん!まずあゆちゃんね。えーっと、あゆちゃんの番号はね・・・」
名雪は終始笑顔だった。
【水瀬秋子、名雪 往人からレーダーを入手】