闇色の再開


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夜がくる。闇が、落ちる。
口元を笑みのカタチに歪め、冷笑じみた表情が篠塚弥生の顔に貼り付いていた。
あと、7人。
それで、あの二人が生き残れるなら…。
森を徘徊しながら、弥生は利き手に掴んだ機関銃のグリップの感触を確かめる。
血にまみれ、震える手で。
人を殺すことは最も恐るべき禁忌だ。
それは、法律で決まったことだからだけではない。
それを、弥生の腕の震えが教えていた。
もう、三人も殺してしまった……。
そう……この、手で。
人を刺し、鈍器で殴り、そして、銃器で撃った。
気が付けば、震えは全身に及んでいた。
血が、あんなにも赤黒く、そして生臭いものとは知らなかった。
少年の頭を捉えた、あの瞬間の腕にくる重力。
靴の踵で致命傷を与えた、あの、感触。
銃器を撃つ反動。そして、胸元に広がる、血。
いくら冷静なキルマシーンを装っても、所詮は人の子……。
じりじりと、恐怖が弥生の腕に、胸に、そしてその脳に伝わる。
これが、禁忌を犯したものの、心理。
誰に責められるでもないというのに、酷い罪悪感が脳漿に居座っている。

こんなことでは…いけない。
いくら理性的に、物を理解しようとしても、頭の中には、自分が殺した少女の、
あの最後の顔がちらつく。
あんなにも悲しげな表情は知らない。見たことがなかった。
名も知らぬ少女の死に際の一言も、胸に刺さったままだ。
あの二人を守るため。
そんなのは言い訳でしかなかった。
理由ではない。人を殺してしまった今、それは意味を成さない。
どんな理由を付けても、それが切実で在れば在るほど、それは言い訳にしかならないのだ。
違う可能性を模索しても意味がないことはわかっていた。
わかっていたが、考えずにはいられなかった。
もし、この奸計に自分が気付いていれば。
もし、一番に二人を見つけられれば。
……今に、もしも、なんて言葉に意味がないことは、弥生自身が一番、理解していた。
もし、私が、人を殺さずにいられたなら。
もし、最初から人を殺すことなく、二人を守ることができたなら。

がさり、と物音がした。
はっと息を呑んで、弥生はとめどない思考を振り払う。
音の距離は、それほど近くも遠くもない。
すっかり帳の降りた闇に、目を凝らす。
右目が、ズキリ、とそれを非難するように痛んだ。
―――また、殺すのか。
そう、問いただすかのように。

人影の数は2つ。
闇に慣れたとは言え、距離がありすぎる。相手の顔は判別がつか
ない。
片目に傷負っていなければ、或いは見えたかもしれない。
舌打ちを堪え、弥生はその2つの影を見極めんと、距離を感づか
れない様に縮める。
「………っ!」
弥生が見た、2つの影は、彼女が必死で守り抜こうと、そう決めた
二人――由綺と冬弥のものだった。
「由綺さん!」
堪らず、声をかけた。森の静寂が、一瞬ビリ、と震え、そして前
以上の静寂が3人を包む。
「弥生さん……!」
少しばかりの沈黙のあと、由綺が笑った。泣きそうな、顔で。
弥生は、手にしていた武器を全てその場に放り、由綺を抱きしめた。
「く、くるしいよ…弥生さん…」
苦笑いを浮かべても尚、嬉しそうに声を上げる。
喜ばしき再開。
ここが、死を与える島でなければ、そうだったのかもしれない。
「お二人とも、よく…無事で」
頬が熱い、そう感じたとき、にようやっと自分が泣いているのだと、弥生は気が付いた。
「弥生さんも…よかった。ね?冬弥くん?」
「ああ……」
冬弥だけがその場にそぐわない、招かれざる客のようにただ、萎縮していた。


【由綺&冬弥と弥生合流】

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