たいやきだよっ!


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広い調理実習室の片隅で。
「ぱりっとして、ふわっとして、あんこがしっぽまでだよっ!」
梓の周りを興奮したあゆが転がりまわる。
はいはい、と千鶴があゆをあやす。

思った以上の設備が整っていたので、たいやき用の食材のみ持ってきたのを
少し後悔した梓だが、今更戻る気もない。
今あるものを最高に仕上げようと心に決め、たいやきを焼き始める。
しうーーー。
焼き音と共にたいやきの皮の、甘く香ばしいにおいが広がっていく。
暴れまわっていたあゆが、ようやく動きを止める。
「しっぽまでだよっ!」

結局言う事は変わらなかった。
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校庭にぽつんと立つ一人の少女。
亜麻色の髪をした長い長い三つ編みを赤く染めて、迷いと決意を共に立つ少女。
かるくそよぐ風が、甘い香りを運んでくる…たいやき?
「こんなときまで」
私も、馬鹿ですね…と、苦笑して-----久しぶりに笑った-----校舎を見上げる。
それも、いいかもしれません。

微笑みを浮かべて、茜は歩き始めた。
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裏門に二人の少女の影。
動物の尾のように長いツインテールのと、双葉のようにぴんと立ったクセ毛が
印象的だ。
「意外と近かったわね」
連続して襲撃を受けたために、少なからず過敏になっていた七瀬が安堵して
初音に話しかける。
「……」
しかし、初音は答えない。
「初音ちゃん?どうしたのよ?」
そう言って初音の顔を覗き込み、同じように鼻をひくつかせる。
いい匂いがする。
「梓…お姉ちゃん?」
二人は目を丸くして、希望の光を浴び運命に感謝した。

少なくとも、この時点では。
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暗い教室の中で。
一人の少女がかたかたと震えていた。
一体何ができると言うの?
たった一人で、店長さんの仇なんて?
こんな小さな刃物ひとつで、どうしようというの?

物音一つで弾けてしまいそうな緊張の中。
なつみは一人、かたかたと震えていた。
不安定な殺意と、圧倒的な恐怖を抱えて。

かたかたと、震えていた。

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