学校の静寂
「ねえ、お母さん」
無邪気に甘える幼子のような声。
それは母である秋子にとって、絶対の命令として脳に響く。
「そうね、きっと…ここにいるわね」
「うん、しかもたいやきの香りがするよ」
手元のレーダーを見ながら、秋子は頷く。
013…017…020…021…043…061…069…079…
少し離れて090…091…
その2つの番号は間違い無く秋子達のもの。
民家から手に入れたナタを振り、前方を見据える。
どこにでもあるような何の変哲も無い4階建ての学校――。
「名雪は、ここで待っててね、私が…あゆちゃん連れてくるから」
「うん♪まだ殺しちゃ嫌だよお母さん」
「はいはい…何があっても…絶対出ないようにね」
番号、若いところで連番にも近い数字。
多分、柏木千鶴も、そしてその姉妹もここにいるのだろう。
何の根拠もない憶測だったが、秋子にはそう感じられた。
もし違ったら…それの方が都合がいい。
間違いなくあの女と戦う時は命をかけねばならないのだから。
(入り口は…ここだけね)
名雪が隠れている校舎の隅の体育倉庫を一瞥してから、校舎全体、そして出入り口を探す。
「用意周到なこと……」
高槻の差し金だろうか、1、2階の窓にはすべて鉄格子が取り付けられていた。
「この昇降口を除けば…中にいる人は誰も出ることはてきないわね」
しかし、よくもまあこの狭い空間にこれだけの人間が集まったものだ。
秋子は苦笑し、中に入る。
レーダーにはまだ近くに反応は無い。
ガラガラガラ……
ゆっくり、音を立てないように昇降口の扉を閉める。
「………」
カチッ…
そして内側の鍵を閉めて、ナタを大きく振りかぶり…
その鍵穴の部分へと振り下ろす――!!
ガシャァ―――ッ!!
恐らくは学校中に響き渡ったろう。
真の恐怖のゲームの始まりの合図だ。
その音が鳴り止まぬうちに、秋子は既に3階へと移動していた。
(これで誰も…逃げることはできない…)
3階以上の高さから飛び降りて逃げようとする者もいるかもしれない。
それはそれでいい。秋子はその背中を狩ればいいだけだ。
レーダーの番号を見ながら、秋子は薄く笑う。
(待っててね、名雪、もうすぐあゆちゃん連れて帰るからね――)
静寂とたいやきの匂いだけが学校内を支配していた。
その中で秋子は、いずれ混じるであろう濃厚な血の匂いの予感を全身で感じていた。