夜のはじまり
ああもう、どこから「突然」って言えばいいのかしら?
あいつらがブッ倒れたとこから?
ううん、晴香のアホが因縁つけてきたところからかしら?
元はと言えば、あのオバサンが瑞佳にケリかましたとこからなんだろうけど。
まあ、ここではたいやきの香りを察知したところからはじめるべきかしら?
違う?じゃあ、あのイジケ女が飛び出したところからはじめようかしら。
それでいい?あんまウダウダ言ってると怒るわよ?いいわね?いいって言いなさい?
-----よし。
こんにちは。あ、もうこんばんわなのね。
ご機嫌いかが?乙女の七瀬よ。男の七瀬じゃないから注意してね。
間違ったら殺すわよ。最近余裕無いんだから。
突然。そう、突然私たちを襲ったイジケ女がいたの。
短刀で初音ちゃんの双葉クセ毛を一葉にしちゃうトコだったんだけど、うまくかわして
私がその腕を難なくキャッチ。
あのオバサンと比べればチョロイもんよ。
せいぜい晴香のアホに毛が生えたくらいかしらね?
イジケ女が喚くのを抑えて、初音ちゃんは身の上話を始めたわ。
まあ、あのまま腕をへし折っちゃうとかいうワケにもいかないし、説得するのが妥当
とは思ったんで任せてたんだけど-----
-----やっぱり一筋縄では、いかなかったのよ。
ズドン!
突然の銃声に七瀬たち3人は反射的に身をすくめ、そして弾けるように跳び退る。
「里村さん!?」
「お姉ちゃん!?」
七瀬が、初音が叫ぶ。撃ったのは茜。
普段と変わらぬ知性をたたえた静かな瞳のまま、茜は銃を構えていた。
初音も、なつみも、もちろん七瀬も至らぬ修羅の境地に到達していた茜は、襲撃者
にかける憐憫の情など持ち合わせていなかった、ただそれだけの事だった。
それでも命中しなかった。それは心の奥底にある葛藤のせいなのか。
しかし命中しなかった事が裏目に出た。
七瀬や初音にとっては、誰を狙っての弾丸か判断できないのである。
それほどまでに透明な意識で、茜は引き金を引いていた。
茜は自らにかけられた声に恐怖が混じっているのを感じて後悔したが、もはや
手遅れだった。誤解されても文句は言えまい。
混乱に拍車をかけるように、すう、と廊下が闇に包まれる。
「!?」
七瀬は手近にあった廊下のスイッチを押す。しかし照明はつかなかった。
彼女の知る由も無いのだが、一階に関しては元々配電設備が死んでいたのである。
そのため、夕日の最後の余光も既に届かぬ廊下は、突如として真っ暗になった。
そこに居た全員が。恐怖に背中を押されて駆け出していた。
ズドン!
銃声。それは初音と再会できる感動を吹き消すように校舎に響き渡る、死神の叫び。
たいやきを咥えつつも怯えるあゆを実習台の下に隠して二人のメイドは頷きあう。
千鶴はお馴染みの鉄爪、梓は掃除用具ロッカーから取り出したモップを手に教室を
飛び出した。
ほんの数瞬前まで期待に鳴り響いていたそれを掻き消すように不安の鼓動が大きくなる。
眉をひそめて耳を澄まし千鶴は言った。
「下の階ね-----どっち、かしら?」
梓はほんの少し考え、初音の台詞を思い出す。
「千鶴姉!保健室だ!保健室、行ってみよう!」
階段脇の各階案内図を見て位置を確認するや、二人は頷きあい走り始める。
一段降りるごとに光を失う階段は、地獄への道程のように不吉に口をあけていたが、
どちらも怯むことなく飛ぶように駆け下りていったのである。
彼女らとと入れ替わるように茜は二階に上がってきていた。
階段脇には美術室。反対側の階段脇に明かりのついた大型教室が見える。
(…失敗しました)
かるく溜息をついて、廊下を歩き始める。
あれでは狂人が突然無差別攻撃をはじめたように思われても仕方が無い。
他人の殺意に敏感になりすぎた自分が、まだ狂人でなければの話だが。
私はどこかで日常の輪の中から抜け出してしまったのだろうか?
はあ、はあ、と息も切れ切れになつみは玄関まで移動していた。
(撃たれた!やっぱり本当にみんな、殺し合いをしてるんだ!)
震える手を抑え短刀を抱き下駄箱にもたれかかる。
屋上や保健室の死体を思い出して、ぞくりと身震いする。
恐怖を断ち切ろうと、大きく深呼吸して思考する。
去っていったココロに届けと願いながら。
(ねえココロ?聞いているかしら?
ひとつだけ。ひとつだけお願いがあるの。
あの中に店長さんの仇は…居るのかしら?
私はこの短刀を振るっていいの?)
-----もちろん、答えは無かった。
俯いて苦笑い。私は、今やひとりぼっちなんだ。
寂寥感に苛まれたなつみの耳に微かに聞こえた一言。
『…いるよ。だから、頑張って。悔いの無いように…頑張って』
それきり声は聞こえなかったが、存在を感じていた。
(そっか。ココロ、居てくれたんだね。
私、頑張るよ。だから、応援してね?)
気持ちを取り直して短刀に意識を集中する。
息を整えて。下駄箱に身を隠し。短刀を構え。
そして、店長の仇をとる-----殺し合いに、参加する。
私たちは、殺し合いを、する。
私たちは、殺し合いを、する。
私たちは、殺し合いを、する。