どこでもいっしょ
「ねぇ、ジュン」
夜半、毛布にくるまってうつらうつらしていたところを、宮内レミィ(女子・094番)に声をかけられて、北川潤(男子・029番)は重い頭をあげた。
「ん…なんですレミィ・クリストファー・ヘレン・ミヤウチ」
まっ暗闇の中、彼と同じように毛布に身体を包んでいるレミィが、毛布の中で北川が抱えているノートパソコンをのぞき込んで尋ねた。
「そのCDって何が入ってるの?」
そのまま北川にのし掛かるようにして、彼の抱きすくめてるノートをまじまじと見つめるレミィ。彼女の思った以上に豊かで艶のある金髪が北川をなでる。それが彼にはくすぐったくてしょうがなかった。
少し身体をよじると、北川は適当に答える事にした。
「おかあさんといっしょが入ってる」
「なんデスカそれ?」
目をキラキラさせてレミィが再度尋ねる。
「何だなんだ。おまえ”おかあさんといっしょ”も知らないのか。あの大スペクタル長編連ドラを知らんのか!」
「うん、だって仕方ないよ…ワタシ、daddyのお仕事ありましたカラ…」
しゅん、としょげかえるレミィ。彼女のリアクションを目の当たりにして、少し後ろめたい気持ちがありながらも、北川の目元はだらしなく緩んだ。
「そいつはいけないな。この年でじゃじゃまる・ぴっころ・ぽろりの80年代御三家キャラをしらんようでは、二十一世紀の世知辛い世の中、とてもじゃないが渡っていけない」
「そんな…ワタシまだ死にたくないデス」
「いーやおそらく死ぬ。それも何となく死ぬ。人知れず死ぬ」
「シヌ…」
「死ぬのです。要するにレミィは”おかあさんといっしょ”を知らないという一事だけで死ぬるのです。嗚呼、無知は罪だね、悲しいね」
「ソンナ…」
レミイは子どもがやるようにいやいや、と頭を振っておびえるような仕草をする。北川にはそんな彼女の反応がいちいち面白くてしょうがない。
「レミィ」
北川は急に真摯な表情を作ると彼女に呼びかけた。
「ハイ…」
「知りたいか」
「ウン、知りたい」
「本当に知りたいか」
「ホントに知りたいデス」
「その知りたい気持ちを州にたとえると?」
「ユタ」
きっぱりとレミィは言った。
「ちょっと弱い」
「インジアナ」
少し考えこむような素振りを見せると、あらためてレミィは言い直した。
「いまいち」
「サスカチュワン」
かなり困った顔になった。
「さて、寝るか」
「ミシシッピ」
レミィの目の端に光るものが浮かび上がった。
「それくそゲー」
「ネ…ネブラスカ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、かすれ声でレミイは言った。しまった、やりすぎたか、と内心でものすごく狼狽した北川であるが、レミィの素直すぎる反応を見るにつけ、えも言えぬ気分になるのもまた、確かなのであった。
「よろしい。不肖この北川潤が、眠れる子羊ヘレン宮内の蒙を啓いてさしあげよう」
こほん、とわざとらしく咳払いをすると、北川はゆっくりと語り始めた。