臨戦態勢
「な……に……?今の……」
入り口の方から、何かを壊したような音……
そして、遅れて銃声――
たいやきの匂いに、校舎の中へと誘われていた理奈は、そこで現実に返る。
「……!!」
殺人ゲーム、その言葉が再度脳裏に浮かんだ。
上等なブーツを脱ぎ捨て――もう見る影もなかったが――靴下だけの身軽な格好になると、
長い直線を一気に駆け、手近な教室へとすべり込む。
もちろん、廊下を走る音を消す為の行為だ。
(敵が…いる…)
それが複数なのかどうかは分からない…分からないが…
廊下の様子を再度慎重に覗き込む。
誰もいない…静寂――
(もう…終わったのかしら?)
そう思いながらも、理奈は廊下に備え付けられていた消火器を手に取り、安全ピンを抜く。
(いざとなれば、目くらまし、殴打武器にもなるだろう)
今度はゆっくりと落ち着いて教室内を見回した。
(窓に…鉄格子!?)
入ってきた時は気づかなかったが、とても人間が出入りできるような窓ではなかった。
10センチ間隔で固い鉄棒が備えられている。
グイッ…グイッ…
ためしにそれを揺らしてみるが、びくともしない。
(もし、まだ終わっていないなら…袋のねずみってわけね…)
恐怖心をかき消すようにゆっくりと深呼吸する。
(ゲームに乗った…乗ってしまった奴が…まだこの中にいる!)
それはただの思いこみではあった。
だが、その可能性を信じない愚か者が真っ先に命を落とす――。
そう結論付けた理奈は、手持ちの武器を確かめて、ゆっくりと戦闘態勢に入った。
教室の前後の入り口の状態、そして鍵の有無を確認する。
鍵をかける――それは愚かな行為だ。
追い詰められたとき、逃げ場がない。
殺してくれと言っているようなものだ。
あいにく、復讐を誓った理奈に自殺願望はない。
次に、床に耳を押し付ける。
階下から、かすかな足音――それが事実なのか錯覚なのか理奈には判断できない。
これだけの静寂の中、極限状態の理奈があるはずのない音を聞いてしまう可能性。
ないと言いきれるだろうか。
理奈はその行為をあきらめると、次は窓の外を、眼下に広がる世界を覗き込む。
もちろん、外からは見つかりにくいように慎重に。
校庭に一人の少女の姿が見えた。
暗がりの中、かろうじて長い髪の女性だろうと判別する。
校舎の周りを、入り口を探すように調べている。
(まさか…入り口がふさがれているの?)
――何故入ろうとしているかは謎だったが――
鉄格子で窓がすべてふさがれているとすれば…入るのは昇降口しかない。
だが、その少女(だと理奈は判断した)はそこから入ろうとしていない。
(だめね…早急すぎるわ、結果を出すには)
一通り状況確認すると、理奈は扉の外を慎重に伺い、そして……
何かのきっかけがくるのを待った。
それは銃声か、足音か、誰かとの遭遇か、
理奈にもまだ分からなかった。
013 緒方理奈 【消火器入手】現在2F通常教室内