形而下の戦い〜答え〜
「…………」
葉子は何も言い出せなかった。
ただ、とりあえず少年に、あの屈託の無い笑みが戻ったことを安堵していた。
「すまないね。いろいろな意味で荒療治になってしまった。
順を追って説明しよう。
何から聞きたい?」
少年は私が取り落とした銃を拾うと、悪気の無い顔でそう言った。
「……なぜ、私にあんな殺気を向けたんですか?」
一番の疑問だった。
彼の武器とやらも気になるところだったが、
なによりもっとも訳がわからないのがそれにまつわる少年の行動だった。
「そうだね、実を言うと本当はただ銃を試し打ちしてもらうだけでよかったんだ。
ところが二つの誤算があった。
まず、君が銃を撃ちあぐねたこと。
そしてその君がFARGO出身のクラスAだということがね」
「どういうことですか?]
[君は、いや君たちは不可視の力の本質を知らない。
強い力は人を酔わせる、と言うがあれは人を麻痺させる。
力を用いて何らかの破壊を行ったとしても、それはあくまで力が破壊を行ったに過ぎない。
まあ、それでもそれをやったことに関しては根本的な違いは無いんだが、ともかく
ここで言うことにおいては違うのさ。
君は本来の意味で人の命を奪ったことが無い。
肉を通して肉を殺したわけじゃない。
だから、君は死に敏感なままここまで来てしまった。
トリガーを引く瞬間に、何か浮かばなかったかい?」
少年の問いに、葉子は素直にうなづいた。
「だろうな、君はそういう顔をしていたからな。
もしトリガーが引けないようなら、あの槍を持っていても同じ事だったのさ。
まあ壊してしまったけれど。
はっきりいってどちらを使っても人は殺せる。
しかし、銃をつかったならその可能性は格段に倍増する。
ほぼ銃弾を食らったなら人は死ぬだろう。
だから、そもそも銃火器とは死に近い道具と言える。
よく考えてみなよ。
槍なら殺そうと思って使わない限りそうそう人は死なない。
だが銃器はそうでないことを君も、皆も知っている。
だから恐がる。
だが、君は不運にも”力”を手にしたことでその認識を狂わされてしまった。
本当の君は、殺人、そしてそれを促す武器と言うものに根深い不信、いや不安を
持っていた。
そして君がクラスAになることになった原因――。
母の死を直視したと言う事実が、君に何の禍根も残さなかったはずが無いんだ。
だから君がこのまま進んでいくのを黙ってみているわけには行かなかった。
”力”に錯覚した状態で人を殺していれば、
本来の君がいつかその事実に気付かぬまま壊れていた。
僕は勘違いをしていたようだ。
君自身はとても優しい女性だよ。
とても人を殺すことなんて考えられない。
まだ不安は残るけど、
少なくとも、君自身が自分のことを把握するきっかけにはなったんじゃないかな?」
葉子はもう一度うなづく。
自分自身すら忘れていたような亀裂を、少年は教えてくれたのだ――。
「君は今、撃つことが出来た。
それは君が一つ目の壁を突破したと言うことだ。
本来、人を殺すまでの順を追ってなど欲しくは無いが、
生きるために、そして高槻を撃つためにそれは必要になってくるだろう。
誤解してはいけない。
まだ君は克服してはいない。
さっき君を評した言葉ではないが、
撃つたびに忘我になってもらっては困るな」
少年の忠告だった。
「高槻は……、いったいどういう技術かは分からないが、
力を封じる術を手に入れたようだ。
よしんば君が無事に戻ることが出来たとしても、
下手をすれば奴がFARGOを牛耳るような真似をしでかすかもしれない。
その時、君は力にも、何者にも頼らずに生きなければならない。
だから、もっと自分を見つめなおすんだ」
葉子はうなづく。
――三度目のうなづきだった。
「……ところで、その紙の方ですが」
葉子は彼の武器について聞いてみた。
「おっとそうだった。もともとこっちが本題だったね。
これが反射兵器という奴さ」
少年はピラピラとそれを揺らして見せた。
「もう分かっただろう? これはほぼ全ての銃弾とビーム兵器を
跳ね返すことが出来る。
……さすがに一枚で使うのは無謀だったかな?
方向を反対に転換させるのに、妙に全身を使わせなければならなかったよ」
少年はんっ、と伸びをした。
「だが見事成功。あいつの仕事に穴は無い。
僕だけでなく、4,5枚重ねて使用すれば君のような女性でも
十分使用に耐えられる」
「それで、これだけでは用を成さない、と言っていたんですね」
「そうさ。まさに秘密兵器なんだがね。能動的な攻撃には使いようの無い
防御的な、ね。
しかし……」
少年は”紙”を翳して見せた。
「なんだか妙に切れ味が鋭いな。良祐の奴、妙なところにまでこだわってくれた様だ。
これじゃ単体としての武器にもなっちゃうな」
屈託無く笑う少年、そして同じように微笑する葉子。
少年はピッ、とその”紙”を投げてよこした。
紙はふわっとこを描いて、葉子の手に納まった。
「要するにコーティングなのかな? いや、生成段階での材質がすでにそうなのかもしれない……。
あ、それは記念にあげよう。
何かに使えるかもしれない。
胸にでもしこんで置けば、衝撃で内蔵が痛いかもしれないが、
銃弾は跳ね返せるかもしれない。
ま、餞別さ。
無いよりはマシだろう」
「……ありがとうございます」
葉子はお辞儀した。
「無論欠点はある。まずどこまで連続使用できるかとかね。
恐らく使い捨てるつもりでやった方が良いだろう。
あとは貫通力によって枚数を増やす必要があるとかね。
なんというか、使うのにセンスがいるんだよ、それ。
だから僕専用と銘打っておいたんだけどね」
少年は笑った。
あなたの運動能力なら、まるで問題ないのでしょうね。
と、葉子も笑った。