一つの別れと次の挑戦


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 ゆっくりと、理奈に歩み寄る。
 茜の服の袖はボロボロで、汗も酷くかいていた。
 有り体に言うなら、疲れていた。
「……死ぬかと思いました」
 理奈を見下ろして、言った。
「あっそ、私、には……そうは見えなかったけど。
 余裕の、表情……だった、じゃないの……」
「……気のせいです」
「そう……」
 理奈はふぅと、大きな溜息を一つついた。
「悔しい、なぁ……兄さんの仇、とれなかった……。
 このままほっといて、いい……わよ。
 兄さんも、楽、には……死ねてないんでしょう?」
「……はい。多分」
 その言葉に、理奈は再び茜を睨み付けた。
「やっぱり、あなたが殺したんじゃない」
「……違います。
 ……あなたのお兄さんは、私が見つけた時は既に死にかけてました。大切な人を守れなかったそうです。
 ……あの人は私に『楽にしてくれ』って言いましたが、私は断りました。
 ……大切な人を、約束を守り切れなかった罰です。
 ……結局、見殺しにした形になってしまいましたけど」
 今でも思い出せる。
 あの男の人の表情を。
 悔いを残して逝ったのだろう。
「本当?」
「……嘘はつきません」
「……何よ。私、バカみたいじゃない……」
 気付けば、理奈の瞳から涙がこぼれ落ちていた。

 一度流れてしまえば、止まらない。
「勝手に誤解して、罪のないあなたを殺そうとして。
 逆に返り打ちに遭って……馬鹿じゃない……」
 後から後から、雫がこぼれ落ちる。
 暗い廊下を、濡らしていた。
「本当はわかってたのよ、きっと。
 だけど、仕方ないじゃないの……。
 誰かを恨みでもしないと、こんな中で、生きていけないわよ。
 怖かったの。本当の事を知ったら、今の自分を支えてるものがなくなりそうで。
 怖かったのよぉ……」
 理奈の言葉が、妙に引っ掛かる。
 何故だろう。今何か、自分にとって大事なことを言われた気がする。
「でももう、関係ないわね。死ぬんだから。
 誤解であなたを襲って、悪かったわよ……」
 理奈が話し掛けてきた。
 だから茜は、ひとまず考えることを止めた。
「……苦しいなら、楽にすることもできます」
 銃を構える。
「……ほおっといてって言ったでしょう。
 兄さんも、楽には死ねてないんだから……」
「……そうですか」
 あくまで冷たく言って、銃を下ろした。
 暫く無言が続く。
 それを撃ち破ったのは、第三者の声。

「あなたが、店長さんを殺したの?」

 廊下の奥を見る。
 暗がりでよく見えないが、校舎に入って最初に、自分達を襲った少女。
 牧部なつみだった。
「……そんなこと言われても」
 店長さんとは誰のことか、わかるわけがない。
 茜は困った声を上げた。
「そこのあなた?
 この女、血も涙もない、凶悪殺人鬼よ?
 ひょっとしたら……この女が犯人かも」
 理奈が呟く。
「……なんてこと言うんですか?」
 非難の眼差しを送る。
 理奈は笑って答えた。
「悔しいじゃないの。やっぱり、あなた嫌いよ。
 私からの、最後の……攻撃……」
 そのまま、目を閉じる。
 もう何も、喋らなかった。

「そう。じゃあ、殺しちゃっていいよね? ココロ」

 予感は当たっていた。
 やはり、あそこで殺しておくべきだった。
(……今日は、やっぱり、甘すぎです)

013緒方理奈 死亡
【残り44人】

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