TheDicidedFuture


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「散々やな……」
痛む腕を抑えて、智子はそう呟いた。
「そうですねぇ……」
同じように、疲れた調子でマルチも同意の念を示した。
「まさかガス欠するとは思ってへんかったからなぁ……」
海岸線を離れて、一時間もしたあたりのことだっただろうか……。


プスン、プスン。
「な、なんやこのジープ。突然変な音出し始めたで?」
「ホ、ホントですね」
いきなりの車の変調に、二人とも驚きを隠せない。
「な、なんなんやろ……。
 ジープって変なところ走ってもええように丈夫に出来てるんや無かったの?」
特に軍事関係や自動車に興味があったわけではないが、
それでも一般常識としてそれくらいのことは智子も知っていた。
「は、はわわわわわわわわ〜〜。ど、どうしましょう〜〜!?」
マルチは慌ててばかりでぜんぜん頼りにならない。
――分かりきっていたことではあったが。

「そ、そないなこと言うたかて……」
大体うち免許持っとらんのやで……。
誰にも聞こえないように、智子は心の中で呟いた。
「ああ、智子さん前〜!」
「へ。……のわっ!?」
目の前に森林が、そしてでかい木が迫ってくる!
「ぐっっ……。いややぁ〜〜〜〜!!」
智子は思いっきりハンドルを切った。

ギギギギギギギギィィィィィィィッッッ!!
ズザザザザザザザザザザザザザザンッッ!!

ジープは思い切り横滑り――かっこよく言えばドリフトとでも呼べるのだろうか――し、
森林に横付けするような形で止まった。
「ぐあ……。死ぬかと思たわ……」
「ホントですね、私も死ぬかと……」
あんたは死ぬんちゃうやろ、と智子は心の中で突っ込みを入れた。

「あかんな、もうこれは走られへんやろ」
ジープを降りて、車の周辺のメンテナンスを見よう見まねでやっていた智子は、
あきらめたようにそう言った。
「全く……ガス欠なんてしょぼいわ……」
はぁ、と嘆息した。
「ふむふむ……ここがこうなって……でこの音がしてそうなると……」
マルチはなにやらぶつぶつと独り言を言っているようだが……。
「……分かりました! 智子さーん!」
マルチは喜び勇んで智子の名を呼んだ。
「ん、どうしたんやマルチ?」
さっきからなにやら頭の中で調べものをしていたようで、智子もそれには気付いていた。
「えっとですね、空気が抜けるような音がしてエンジンが空回りし、
 且つ車の速度が遅くなっていった場合、その車はガス欠と呼ばれる症状にかかっている
 可能性が高いそうです!」
「……そ、そか。よく分かったな」
そんなこともう分かっとんねん……。
と言う突っ込みをマルチに入れたかった智子ではあるが、
あまりにも嬉しそうに話すマルチを見て気の毒に思ったのか、
そのセリフを口の中に無理やり押しとどめた。
「一般にこの症状を改善するためには、車にガソリンを補給してやればいいそうです!」
「どこにあんねん」
だが、さすがの智子も、二度目のボケに対する突込みを押しとどめられるほど、
人間が出来ていなかった。
……無論のこと、ガソリンがそのあたりに落ちているわけも無く。
ジープを移動させることが出来ないのだから、当然ガソリンの方を運んでくることになる。
しかし腕が傷付いた智子と、そもそもが非力なマルチではそんなことが出来るわけが無かった。

「仕方あらへんな……。こっからは歩きや、歩き」
智子はマルチを促した。
「大丈夫です。私、歩くの好きなんですよ〜」
マルチは楽しそうにそう答えた。
さよか。
智子はそう答えた。
そして思った。
こんなしんどい状況ではあっても、楽しく歩けるならそれに越したことは無いな。
それにそんなマルチの側にいれば、自分も希望を失うことは無いだろう、と。
そんな、見方によっては儚くも思える期待があった。

晴香ぁ、うちはまだ生きてるでぇ。
心の中で、数時間前に分かれた戦友に思いを馳せる……。
「じゃ、行くか……。
 折角、森が目の前にあるのも何かの縁やろし、ここは森に入って見よか」
「ハイ! 分かりました」
いつも返事は元気なマルチを見て、智子はふっ、と微笑んだ。




状況は、常に彼または彼女に”縁”を与えてきた。
彼女はこれから一つの再会劇を促す。
それはこの血塗られたゲームの下にあっても尚変わることのない絆を証明する。
縁とは、かくも数奇な道を辿り巡ってくるものだろうか……。

――かくして、もう一つの死闘が始まる。

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