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そして一つの決断〜終劇〜


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「弥生さん、行っちゃったね」
「そうだね」
「でもいいんだ。私には冬弥君がいればそれだけで良いから。冬弥君はもうどこにも
行ったりしないでよね」

冬弥が戻ってきたことに関してだけ、本当に嬉しそう由綺は答えた。
もう今の由綺には冬弥しか目に入っていないようであった。


冬弥が戻ってきたことに安心したのか、由綺は大きな欠伸をし、眠たそうに目を
こすった。

「由綺、眠くないか」

由綺の欠伸を見た冬弥は、心配そうに由綺の顔を覗き込んだ。

「うんちょっと眠いけど、大丈夫だよ」

由綺は一点の曇りもない笑顔を冬弥に向けた。

「まだ先は長いから、今のうちの寝ておけよ。由綺が寝てる間は、俺が見張ってる
からさ」
「そう、冬弥君こそ寝た方がいいよ。なんだか疲れてるみたいだし」
「いや、俺は由綺の後に寝るよ。代わりばんこで寝よう」
「そう、それじゃ、お言葉に甘えて、先に寝るね」

そう言うと由綺は冬弥の隣で横になって目を閉じる。すぐに冬弥の耳に由綺の
寝息が聞こえてきた。
由綺にとって、ここに来て初めての睡眠であった。

どうしてこんな風になったんだろう。

マナちゃんが言ってたな。俺が由綺のことを諦めてしまったと。
俺は俺なりに由綺のためを思ってきたつもりだった。それが間違っていたと
言うのだろうか。今からでもその間違いを正すことが出来るのだろうか。

「出来るのだろうか。出来るのだろうか……」

…いや。
もう俺達は元に戻ることは出来ないだろう。はるか、美咲さん、緒方さん。
この三人が死んだことを放送で知った時、絶望した。それと同じ様に、俺達が
殺してしまったことで、俺と同じような気持ちを持った人を作り出してしまった。
その罪は一生かかっても償いきれないものであろう。
何よりももう、あの頃の由綺は戻ってきてくれはしない……。

「あの頃に戻りたいな。
由綺とはすれ違ってばかりでなかなか会えくて、俺は勝手に緒方さんに嫉妬したり
していたけれど、それでも由綺のことを愛するすることが出来た。本当に何の
とりえもない平凡な俺だったけど、一生由綺のことを守っていくと心に誓った
あの日々に戻りたい。
これが夢だったらどんなに良かったことか。だけどこれは夢なんかじゃない。
はるかや美咲さんや緒方さんはもうこの世からいなくなってしまった。そして俺達は、
何の罪もない人を殺めてしまった。悪夢のような話だけどこれが現実なんだ」

そして俺は、一つの決断を下した。

冬弥は横を向き、隣で眠っている由綺の顔を除きこむ。何の邪悪さも感じられない
その寝顔を見ると、今起こっている現実の悪夢を忘れ去ることが出来るようであった。
どれくらいの時間が経ったであろうか。実際にはたいして長い時間ではなかった
けれど、冬弥にとっては永遠に等しい時間のように感じられた。
由綺の寝顔を見て何度も挫けかけたが、冬弥は決意を固めた。
その時、ふと冬弥の頭の中に今までの思い出が鮮明に蘇った。

冬弥は目をつぶり、由綺の何一つ穢れのない寝顔と、今までの幸せだった思い出の
残像を振り払うように、何度も頭を振った。
冬弥の両手が由綺の白く細い首に伸びる。
冬弥は由綺の首に手をかけ、力をこめると、そのまま由綺の体に馬乗りになった。

「弥生さん、ごめん。俺、約束守れない…」

冬弥の両頬には一筋の涙が伝っていた。

由綺は夢を見ていた。あれはもうだいぶ昔のこと。由綺も冬弥も、そしてはるかも
彰もみんな制服を着ていた。

初めて冬弥と顔を合わせたあのころ。
初めて冬弥と話をしたあのころ。
なんとなく冬弥を意識し始めたあのころ。
自分の冬弥に対する気持ちに気付いたあのころ。
冬弥から告白されて付き合い始めたあのころ。
まだ手をつなぐのも気恥ずかしかったあのころ。
はるかにからかわれ、二人して顔をまっ赤にして俯いていたあのころ。
毎日他愛もない話をするという事が、楽しかったあのころ。
二人きりでいるという事だけで、どきどきしていたあのころ。
まだ由綺が芸能界に入る前で、逢いたいと思えばいつでも顔を見ることの出来たあのころ。
逢いたくても逢うことの出来ない辛さなんて考えたこともなかったあのころ。
世界のすべてが私達に味方していると、本気で信じていたあのころ。

大学生になって、幼い頃からの夢だった芸能界に入った。
冬弥との関係は初々しかった高校生の頃よりも、何歩も先へ進むことが出来たが、
あのころの様に自由に逢うことはもう叶わず、由綺にとって冬弥との関係と
言うことだけで考えると、辛いことの方が多かった。
本来、あまり強くなかった由綺ではあったが、自分の好きで始めた仕事に関して
弱音を吐く事はなかった。
だけど由綺はいつも思っていた。あのころに戻りたいと。
しかしそれは叶わぬ夢であった。そのことが分かっていたからこそ、由綺は自分の
夢の中でだけ、あのころの夢を見続け、自分の夢の中でだけ、冬弥を独り占め
していたのだ。
だが自分や冬弥が殺されてしまうかもしれないと言う、あまりにも過酷な現実に直視
したとき、その過酷な現実と、自分の幸せな夢とが乖離し、由綺は壊れてしまった。

由綺は息苦しさから目が覚めた。目を開くと、眼前に冬弥の顔が写った。よく見ると
目を瞑り、両頬に涙が伝っているのがわかった。
だが由綺は今、目の前で自分の身に何が起こっているのかを認識出来ないでいた。
由綺は視線を少し下に落とす。
冬弥の両腕が自分の首にかかっているのが見えた。
そこで由綺はやっと自分の身に起きている事のすべて―冬弥が自分を殺そうと
している現実―を理解した。

「やめて」

その叫びは声にならなかった。由綺の意識が薄れだす。

「ごめん、由綺。俺もすぐそっちに行くからな。ごめんな。ごめんな。……」

薄れゆく意識なのかで、由綺は冬弥の最後の声を聞いた。そして由綺は壊れていた
頃のすべて、―自分が人を殺めてしまった事、冬弥が自分の代わりに人を殺めて
しまった事―の記憶を思い出した。

「ここに来てまで冬弥君には、迷惑をかけっぱなしだったね」

由綺は抵抗しなかった。
冬弥の涙が由綺の顔を濡らす。

「冬弥君。ごめんね」

由綺は声に出して言ったつもりであったが、その言葉は声にならなかった。

「もう一度、あのころに戻れたらいいのにね」

最後に由綺の頭の中に制服姿の自分と冬弥の姿が目に浮かんだ。

どうしてこんな風になったんだろう。


息を引き取った由綺を見て、何度となくその言葉が頭をよぎる。
由綺のライバルでもある綺麗だけど可愛い女の子の顔。
由綺のプロデューサーで、厳しさと強さを併せ持った大人の男の顔。
普通の人とは違った形の愛で、由綺を包み込んでくれたマネージャーの顔。
ちょっと頼りないけど、いつも一緒にいてくれた親友の顔。
男女という枠を超越した、一風変わった親友だった女の子の顔。
誰よりも優しく、誰からも慕われていた先輩の顔。
子供だと思っていたけれど、既に自分より強い心を持っていた女の子の顔。
冬弥の頭の中に次々に浮かんでは、消えていった。
最後に由綺の、あの頃の屈託のない笑顔が浮かんで、そして消えた。
冬弥は弥生から預かった44マグナムを自分のこめかみに当てた。迷いは全くなかった。

「由綺、俺も今からおまえの所に行くよ」

その直後、あたりに一発の銃声がこだました。


【076藤井冬弥・097森川由綺死亡・残り42人】

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