涙と慕情
「うっ……うっ……うっ……」
まだ、涙が止まっていなかった。
第五回の定時放送は、着実に彼女の精神を脅かしていた。
玲子、彩、そして南までもが死んだ。
一度に三人もの知り合いの死が言い渡された。
痛かった。
苦しかった。
もう自分だけしかいないんじゃないか?
たった一人……独りぼっちになってしまったのではないか?
そんな思いに囚われそうだった。
「……っく、……ひっく」
しゃくりあげる。
まだ、まだ涙は枯れていなかった。
どれだけ人は涙を流すことが出来るのだろう……。
――桜井あさひは、絶望の淵に瀕していた。
「なあ……」
ずっと引きつり泣いていたあさひに、何事か晴子は呼びかけた。
――彼女はいたずらにあさひを慰めるような真似をしなかった。
それは、そんなものが単なる偽善でしかないことを知っていたから。
彼女の気持ちは彼女にしか分からないのだから。
だったら好きなだけ泣かせてやろう。
そして、泣き止んだときにもう一度立って歩けるように、
そのときに手を貸してやろう。
そう心に思っていた。
観鈴も、そんな母の思いに気付いたのか、
あさひをそっとしておいた――。
あさひは、涙目ではあったがその視線を晴子に向けた。
「観鈴な、あの子ずっと友達いてへんかったんや」
……急に何を話し出すんだろう?
あさひはいぶかしんだ。
「同い年ぐらいの子と仲良くなりかけるんやけどな、そこまででな。
ダメなんや、あの子。
そーいうんを全部拒否してまうんや。
その上、自分でもそれをおさえられへん……」
あさひは黙って晴子の話を聞いた。
何か大事な話をしていると言うことは明白だったから。
観鈴は歩いている順番の一番後列だったため、丁度その晴子の話は聞こえていなかった。
「そいでもってうちがこんなんやろ?
だからあの子、ずっと一人だったんや。
だけどな。
あの子、つらければつらいほど笑うんや。
同じくらい笑うんよ。
一番さびしくてつらいはずの自分がやで?
……なんか、うちな。
それ、思い出すと胸が痛むねん。
涙が出そうになるねん。
なんや、偽善者くそーて、一番嫌いなことのはずやったのに……」
あさひは、我を忘れたように――それでも時々しゃくりあげてはいるが――晴子の話に
聞き入っている。
「分かる……、分かるんよ。
一人では絶対に無理なんや。何するにしてもな。
あの子が無理してるのなんてみえみえなんや。
もう……、それが積もり積もって限界まで来てるはずやったんや。
でもな、あの子、そういうんが溜まれば溜まるほど、
つらければつらいほど、明るく振舞ったんや。
自分なりの”世界”との共存の仕方みたいなもんを模索し始めたんや。
だけど……、さっき言った通りや。
一人ではやっぱりダメやった……。
――そんなときな、なんや変な旅人が現れたんや」
涙を拭い、呼吸を整え、あさひは再び晴子の話に集中する。
「変な奴やねん。
それも飛びきり変な奴やった……。
なんつーか、ほとんど行き倒れと変わりあらへんかったんやけどな。
ボロい人形持っとってな、それで人形劇やって金稼いで生活しとったんや」
「……人形劇、ですか」
「せや。子供相手に意地汚いっちゅ―か、ヤクザな商売やってるっちゅーか……、
ま、とにかくそうやった。
でもな、そいつ一つ凄いことが出来たんや。
それはな、手ぇも触れずに何も道具も使わずに人形動かすことやった」
「何も……。す、すごいんですね。手品師さんだったんですか」
「ちゃう。
そいつはほんまにそういう”力”を持ってたんや。
あるやろ?
超能力とかいう奴。
ほとんど眉唾だと思ってたんが、マジもんに出会ってまうとは思っても
見いひんかったわ」
コロコロと晴子は笑った。
「でもな、そいつそれ以外に能無くてな。
子供にそないなもん見せてもわけ分からんちゅーの、わかっとらんかったみたいやの。
ほとんど子供にとってみれば、そういうんも手品も一緒やろ?
うちらみたいに、ちょう、そういうんが分かる人間に見せないと意味無い言うんが。
んでな、手ぇ使わんと人形動かしても、内容おもろないねん。
子供らにぜんぜうけへんかったんや」
クックッと、晴子は笑いをかみ殺した。
それを見たあさひも、なんだかつられて笑いそうだった。
「でな、何の”縁”か、あいつ、うちに居候することになってな。
何日間か共同生活しとったんよ。
あいつ、ひときわ変な奴でご近所にも知れわたっとった。
けどな――」
一呼吸置いて、晴子は言った。
「初めて、観鈴の友達になってくれたんや」
「え……」
あさひは思わずそう漏らしていた。
「観鈴もずいぶん懐いとっておったわ。
でも例外なくいつものあれが来て――でも、今度はそこで終わらんかった。
あいつ、側にいてやってくれたんよ、観鈴の。
たとえ何ができるか分からんとも……」
あさひは、たまらなく晴子の口調が優しくなっていることを感じていた。
「なんや、……何が言いたかったんだかうちもよう分からんようになってきたわ。
……ただな、側に誰かいるだけでなんか安心できてまう。
人間って、そんなもんなんや……」
「……ハイ」
ありきたりの慰めでも、またその同情でもない。
だが心の奥底の部分であさひは、晴子が何を言いたかったのかを理解できたような気がしていた。
――涙は、もう止まっていた。
「あう〜っ、いい話ですぅ〜〜」
「!?」
歩いていた面々――晴子、あさひ、観鈴――は、
いっせいにその声が聞こえてきた方に視線を向けた。