決意
あたりに一発の銃声がこだました。
(あの方角は、それにあの音は。まさかあの二人になにか! )
弥生はマナの追跡を止め、冬弥と由綺と別れた場所に引き返し始めた。
(藤井さんに由綺さん、私が着くまで持ちこたえてください)
気は焦るが、今は夜であり視界も悪く、足場も悪い。走るわけにはいかなかった。
それでもできる限り急ぐ内に弥生は異常に気がついた。
(おかしいですね。あの銃声の後何の物音もしません。戦っているなら
なんらかの音がするはずです。まさか、もう二人とも・・・・・・)
(いえ、そんな事はありえません。あってはいけないんです)
内心でそう言い切ったものの、次から次に悪い想像が浮かび上がってくる。
(大丈夫、藤井さんなら命に代えても由綺さんを守って・・・・・・)
そこまで考えたところで弥生は冬弥の眼を思い出した。
(最初藤井さんは何か迷っているような眼でした。でも次に会ったときの眼は
何かを決意した人間の眼でした。まさか! )
そのまさかであった。そこにあったのは現実感の無い悪夢。自分が先ほど渡した
44マグナムを右手に持ったまま顔の左半分が無くなっている冬弥。そして
穏やかまるで眠っているかのような由綺。
だがそんな状況でも弥生の理性は状況を的確に判断する。
(藤井さんはもうどうやっても無理ですが、由綺さんならあるいは・・・・・・)
弥生は由綺の体を調べ、首筋に痣を発見した。
(やはり藤井さん、首を絞めて殺したんですね)
無理心中は相手を絞殺する事が多いと弥生は知っていた。
そして一縷の望みをかけて教習所で習った人工呼吸と心臓マッサージを始める。
(由綺さん、生き返ってください! 私はあなたをスターダムにのしあげる
以外生きる理由がないんです! )
弥生は必死に人工呼吸と心臓マッサージを続ける。がしかし由綺が自発呼吸を
始めることはなかった。
人工呼吸と心臓マッサージを初めてから10分、ついに弥生はあきらめた。それ
以上やっても生き返る可能性は、ほぼ0に等しいからだ。
(藤井さんと由綺さんを脱出させるため。そう思って4人の命を奪った私の
したことは全て無駄だったのですね・・・・・・。もう生きる理由もありません・・・・・・。
藤井さん、由綺さん、今私もあなたがたと同じ所にいきます・・・・・・)
弥生は冬弥の遺体の側に跪き、左手で冬弥の右手をそっと握り、冬弥が握った
ままの44マグナムを自分の胸に押し当て、右手で引き金を引いた。
ガチン、そう音をたてて撃鉄がおちる。しかし弾丸が発射されることはなかった。
ガチン、ガチン。何度繰り返そうとも同じであった。
(弾切れですか。私は・・・・・・、私は・・・・・・、死んではいけないのですか?
生きる理由も無いのに。それがあなた方のためにといって罪のない命を奪った
私への罰なのですか? だとしたら酷すぎます。藤井さん、由綺さん、私を
死なせてください! )
その時声が聞こえた。それは弥生だけに聞こえた声だった。
弥生さん、生きて。
弥生さん、生きてください。
それが私達の最後の願いです。
涙が止まらなかった。生きる理由が無いことに。それでもなお死んではならない
事に。しばらく弥生は泣き続けていた。
泣きやむと再びいつもの弥生に戻っていた。二人の装備から使える物を探し
始める。それが終わると弥生は立ち上がり歩き始めた。最後に二人の遺体を
一瞥する。そこで弥生は唐突に重大なことに気がついた。
今の気温なら1日で遺体が腐敗し、2日で腹部が膨張し、3日でガス圧で
破裂する。そうなると伝染病をばらまく恐るべき爆弾となる。
さらに遺体に蛆がわきハエが大量発生する。そしてそのハエもまた伝染病を
ばらまく。広まる速度を考えてもこの島は遅くとも3日後には人の住めな
い死の島と化す。それを防ぐには全ての遺体を埋葬せねばならないが
満足な道具も無く、二人の遺体の埋葬すらできない以上不可能であった。
(なんとしてでも3日、できれば2日以内にこの島を脱出せねばなりませんね。
私は死んではならないのですから。それが藤井さんと由綺さんの願いなのですから)
篠塚弥生 藤井冬弥 森川由綺の装備回収
44マグナム(弾切れは放置)