彼の疑問と、彼女の強さ


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「…………あの…」
長瀬祐介(069番)が、遠慮がちに口を開いた。
隣では泣き疲れたのか、天野美汐(005番)が穏やかな寝息を立てている。
「何?」
血のついたタオルを水洗いしながら、観月マナ(088番)が、それに応えた。
祐介は人差し指で自分の首を…正確に言えば、首に巻かれた包帯を指し、
「…これじゃ首……動かないんだけど」
と、また遠慮がちに言った。
マナはその言葉に一瞬だけ、祐介の首に視線を動かしたがすぐに戻し、
「当たり前じゃない。動かない様にしたんだから」
と、鼻で笑った。
見かけによらない厳しい口調に苦笑する祐介だったが、
ふいにマナが真剣な表情になって、訊いた。
「ねえ、どうして自殺なんてしようとしたの?」

「……」
一瞬の沈黙の後、祐介はおどけた様に、
「…さあ?」
と答えて、また笑ってみせた。
マナはそんな祐介の態度からも何か感じ取ったのか、「ふん、カッコつけちゃって」と、
不機嫌そうにまたそっぽを向いてしまった。
参ったな、と祐介は空を見ようとした…が、首はがっちり固定されていて動かなかった。
仕方が無いので前を向いたままふぅ、と溜息を一つ吐き出して、
祐介はたった数時間…いや、数十分前の、事をゆっくりと振りかえった。

いやはや、やっぱり自分はどうかしていた。
天野さんを正気に戻せた所で、僕が死んでしまっては、彼女が心に深い傷を負ってしまう……
と思うのは、僕が彼女にとってそのぐらいの存在で在って欲しい、と言う願望の現れだろうか?
う〜ん、とにかく、軽率過ぎた。今後は、こんな行為は、止めよう。
死んだら守れないのは、当然の事。彼女を守るためには、僕が生きているというのが絶対条件なのだから。
しかし、まあ……

そこまで考えて、祐介は目線だけ下に動かす(首が動かない以上、これだけの行動でも凄く疲れる)。

この状態じゃあ、暫くは、無理……かな。

首は包帯でガチガチに固定されているし、無理に動かした所で、傷が広がってしまって戦闘どころじゃない。
その事実を再確認して、改めて祐介は自分の軽率な行動を呪った。
戦闘が出来ず、事実上無力化する以前に、あのまま放置されていたら……自分は、死んでいたかもしれないのだから。
「あれ」
ふと、軽い疑問。
「…何よ」
その言葉に敏感に反応したマナが、不機嫌そうな顔を祐介に向ける。
「そう言えば……どうして、こんな島でこんなことを?」
「こんな事ってどんな事よ」
相も変わらず、不機嫌そうな表情でマナが訊き返す。
小柄な身体に見合わぬ迫力に、少々たじろぎながらも祐介は続ける。
「いや、だから、つまり…どうして、こんな医者まがいの事をしてるのかな、って」
その言葉を聞いたマナが表情を曇らせるのを見て、慌てて祐介は
「あ、いや、ゴメン、無神経だったかな」と謝った。
しかし、マナはストレートに、
「ホントよ。男って皆無神経なんだから」と吐き捨てる。
「……ゴメン」
祐介はどう語りかけて良いものか分からず、とりあえず、
もう一度謝って、頭を下げた(首が動かないので、正確に言えば、腰から上、上半身全て)。
頭を下げたままの祐介に、マナが言った。

「…いいわよ、話してあげる」
「え?」
祐介が顔を…と言うか上半身を上げる。首を固められてるから仕方ないとはいえ、いちいち大袈裟な仕草だ。
視線の先には、マナがまだ不機嫌そうな表情で立っていた。
「だ、か、らっ!話してあげるって言ってるの!何度も言わせないで!」
「……ごめん」
結局、祐介は謝るしかなかった。
「フンっ!」
やっぱりマナは不機嫌そうだったけれど、やがて、ゆっくりと噛み締める様に語り出した。

――話が終わった後。
祐介は暫く、動けなかった。
目の前の少女が、自分並み、もしかしたら自分よりもっと大きな物を背負っていると言う事実に、
そして……何よりも、彼女がその重みに潰されずに、前を向いて行ける強さを持っているということに。
「…君は、強いね」
率直な感想が口をついて出る。
マナは笑わなかった。ただ、真剣な――少しだけ、悲しみを帯びた表情で、
「…そんなこと、ない…わよ」
とだけ呟く様に言って、俯いてしまった。
祐介はマナにゆっくりと歩み寄ると、「そんなこと、無いよ」と、優しく頭を撫でた。

マナに対してのその行為は逆効果だったのだが、祐介がそんな事に気づく筈も無く……
「…こんな小さいのに、ホント、強いよ」
自分にとっての、トドメを刺してしまった。

次の瞬間。
スネを痛打され、地面に這いつくばって惨めにもがき苦しむ祐介の姿があった。

…本日の教訓。
人を見た目で判断するのは止めましょう。

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