終りの始まり


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「……あ……あ……ああああ」
「な……!?」
驚きの声があがる。
そしてそれはすぐ悲鳴に変わる。

硝煙の匂いが当たりに漂う。
ありえないはずのその匂いが、鼻腔をくすぐる。

――銃弾は、あさひの体を貫いていた。

「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
観鈴が叫び声をあげる。
そして、晴子と智子は厳しい視線を彼女に向ける。

――白く煙る64式を構えた、HMX−12型、マルチに。

「何を……やっとるんや」
智子は言った。
……わずかに震えながら。

「…………」
返事は無い、マルチは沈黙している。

「……何やってんや、と聞いてるやろぉ!!」
智子は激昂した。

あさひは地面に倒れている。
そして、地面にはどくどくと流れる血、血、血の紅が広がっていく。

「あ……あ……」
恐怖、そして恐慌が観鈴から声を奪う……。

きっ、と晴子がマルチを睨む。
その視線の先にあったのは、無邪気に笑っていたマルチでもなければ、
晴子の話に感動してロボットらしからぬ反応を見せた”彼女”でもなかった。

光が失われた目――。
そこに、かつてマルチと呼ばれた少女の面影は無かった。

かちゃり。
自動小銃が再び構えられる。
標的は……智子!?

「あかん!!」
銃弾が放たれる寸前、晴子がマルチに体当たりした。

ズダアァァァン!

マルチの体勢は崩され、
あらぬ方向を向いた銃口から放たれた銃弾が、何かを貫くことは無かった。
――第二射ハハズレタ。

跳ね飛ばされたマルチが立ち上がる。
およそマルチらしからぬ生気の無い目。
しかしそれは、正にロボットと呼ぶにふさわしい表情ではあった。

ぷしゅーッ。
マルチの肩口、うなじの辺りから湯気が噴出す。
その小さい体で発砲すると言うのは相当負荷がかかるようだ。

「ぐっ……」
智子は動けなかった。
動けば、真っ先に撃たれると言うことは明白だったから。
まさかこんなことになるなんて、誰にも予想がつくはずが無かった。

智子はいぶかしむ。
……しかし、あの目。
どこかで見たことがあるような気がする。
そう、あれは確か――。

ザッ!

鋭い身のこなしで、マルチは茂みへ飛び込む。
「まずいっ!」
智子は即座に追いかけようと立ち上がった。だがそこへ……。
「待ちぃや!!」
……晴子が静止の声をあげた。

振り向いて晴子の顔を見る智子。
……そこには、苦渋と焦りが滲み出た表情が浮かんでいる。
「あんた、その腕でどうする気や?」
短いセリフだった。
だが、そのセリフは十分に智子の核心を突いていた。

「……追います。そして止めます。
 そうせな、あかんでしょう?
 あの子のあんな顔、うちこれまでで一回も見たことありません。
 あんな顔であの子が人を殺すの、
 まさか指を銜えて見てるわけには行きません……」

「んで、あんたまで殺されたらどうするん?
 無駄死にやで、そんなの」

「でも、このままあの子放っといたら、もっと取り返しのつかない”何か”を
 引き起こしますっ!
 そんなことをさせるわけには……」

「うちが行く」
腰からシグ・ザウエルショートを取り外し撃鉄を起こす。
「あんたの代わりにうちがいったるわ」
「え……」
「まぁ、遭ったのはついさっきやけどな。
 分かるわ、あの子がこんなことするはず無い、ってな。
 でも撃った、現に撃った。
 あんたみたいなけが人が、
 しかも武器もなしにそんなのに向かってくなんてのはなぁ、
 ”無謀”っちゅうんや.
 だからうちが行く。
 あんたは、この子らを頼む」

もう既にマルチの姿は見えない。
晴子は智子の返事を待たずして、森の奥へとマルチを追っていった。

「…………くっ」
晴子の背中を目で追う。
その姿はどんどん遠くなり、すぐに見えなくなった。
……武器は無い、傷まで負っている。
ハッ、ホンマもんの役立たずやな!
智子は……心の中で自分を責めていた。

「智子……さ……ん」
声が聞こえた。
とてもか細い声が。
「あさひ!? あんた意識が……」
「……はい……で……も……もう……ダメそうで……す……」
胸から濁々と流れていた血は、未だに止まっていない。
「観鈴! なんか布無いか!?」
「えとっ……、あ、こ、これっ」
観鈴は白いハンカチを取り出して智子に差し出す。
「無いよりマシやっ。こいつをこうして……」

びりびりびりっ。

何製のハンカチなのか、簡単に千切ることが出来た。
「心臓……。ぎりぎり避けとるけど、近すぎるわ。
 くそ……」
あさひの左腕を持ち上げて、実際は肩口の下辺りにあったその傷を抑えようと、
智子は布で縛った。
「あうっっ! ぐっ……」
「頑張りや! 玉は貫通しとる、上手くやれば……上手くやればっ!」
強気な口調と裏腹に、智子の目には涙が浮かんでいた。

「あ……あの、智子……さん……」
「なんや……」
「……カードマスターピーチって……、知ってますか……」
「何やの……それ? どっかで聞いたような気もするけど……」
「……私、それの主人……公の女の子を……やって……るんです……」
「わっ、わたし知ってますそのアニメっ」
観鈴が言った。
――顔中を涙でぬらして。

あさひはにっこり笑った。
「ホントは……やってる……とことか……見ていただきたかったん……ですけど、
 ちょっと……無理そ……う……ですね……」
「何言うてるん!? あんたがいなくなったらどうするんやそのアニメ?
 人気急降下間違いなしやで!
 あんたは……、あんたはもっと頑張らなきゃいけないわ!」
そうですね、と言わんばかりにあさひは笑った。
――苦しんでいるのを隠しているのがバレバレの表情で。

「そう……だ。記念に……私の仕事、聴いて……もらえま……す?」
「ああ? 何で血がとまらんのや!
 く……。言うてみいや。なんだって聞いたるさかい……」
「じゃ……あ、ピーチの……お約束の……セリフを」
智子と観鈴は、じっと彼女の口が開くのを待った。

「……へへっ。あ、あたしってばやっぱり……不幸……」

それきり、あさひは目を閉じた。

「起きろぉ! 起きるんやぁ!
 寝たら……寝たら死んでまうでぇ!!」
「そんな……そんなぁ!」

純白のハンカチは、鮮血に紅く染まる。
二人の叫びがあさひに届くことは、決してなかった――。

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