上位者


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「ゲーック!!」
 御堂(89)が奇妙な叫びを上げると同時に、バイクの運転は激しく乱れた。
 まもなく御堂は乱暴にバイクを止めると地面に転がりだした!!
「ちょ? ちょっと、なにやってんのよ、このしたぼく」
 危うく投げ出されるところだった詠美(11)は慌てて御堂に声をかける。
「ぐあー、み、みずううッッ!!」
「あんた極端ねぇ。水が欲しいならそんなにだだコネなくっても
水くらいあげるわよ。感謝しなさい?」
 状況をつかみきれないながらも詠美はそう言って、転がり回る御堂の顔の前に
口を開けた水筒を差し出そうとした。
 とたんに、御堂の顔面すれすれを水滴が落下する!!
「あべっ!!」
 顔面蒼白で後ろに飛びすさる御堂。
「なんてことしやがるんだ、このアマ!!」
 凄い形相で詠美を睨む。
「なんてことするんだは、あたしの台詞でしょ、このしたぼく!!
あぶなく水を損するところだったじゃないの」
 状況を飲み込めないながらも鼻を膨らませながら詠美は怒った。
「うるせー、俺は水が苦手なんだよ。近付けんなよ? ッと、思い出した。
誰かが俺の背中に水を垂らしやがったんだ……」
 そういいながら御堂は上着を脱ぐ。
 確かめてみると上着は確かに湿っていて、その液体が御堂の背中まで
染み渡り、そこに軽い水膨れのようなものを作っている。
 上着のところに鼻を持っていき、御堂はくんくんと臭いをかいでみた。

「かーっ、獣クセー!!」
 どうも、それは二頭の唾液のようであった。


 真相を解説しよう。
 御堂が駐屯所からバイクを奪って十数分。
 心地よい振動に、ぴろとポテトはすっかり眠くなってしまい、結果御堂の
背中に涎を垂れ流すという醜態(?)を晒すことになったのだ。
 そして御堂は!
 火戦体一番機と強がってはいても、かわりに水への耐性を大きく減じ、
表皮に触れるだけでダメージを負う体質になってしまっていた。
(これは推測だが、唇あたりまでが水に触れられる限界であろう)
 つまり……。


「何が獣臭いよっ!! 臭いのはあんたの方でしょうが!! さっきは勢いで
バイクの後ろに乗り込んだけれどあんたの後ろにはの乗ってらんないわ!!
もう、臭いが移っちゃったじゃない!!」
 だんだん、自分の言葉で興奮してきた詠美は、叫んだ。
 軍では、体を消毒し、召集するための手段も様々にあったんだがなぁ、と
御堂は苦笑した。自分の臭いにあまり関心外か無くなりつつあることと、無い物
ねだりをする自分とに。
「ちょっとぉ! 何がおかしいのよ! 大体、あたしがしたぼくに優しく接して
るからって……」
 詠美がさらに声を上げようとした拍子に、紙切れがポケットから落ちた。
 御堂は詠美のあまりの言いぐさに苛立ち始めてはいたが、それにはしっかりと
目を留めた。呆れるほどの勢いで文句を放ち続ける詠美とは対照的に、御堂は
無言のまま歩み寄った。
「ちょっと、何とか言いなさいよ! それ以上近づいたら『ぽち』が火を噴く
わよ!?」
 御堂は迷惑そうにこめかみの辺りを掻いていった。
「その紙切れが気になってよ?」
「これ?」
 御堂の言葉に紙切れを拾い上げながら、詠美は思いだした。
「これさっきの場所で見つけたメモよ。あんたが有無を言わさずバイク走らせ
ちゃったから……」
 御堂は詠美の言葉を遮るようにして、詠美の手からその紙片を抜き取った。
 そして、神妙な面もちで紙をのぞき込んだ。

「かゆ……うま?」
 首をかしげる御堂。
「なんかの暗号か、こりゃ?」
 首をかしげながら目を凝らす御堂を見やって、詠美は今度は勝ち誇ったように
言い放った。
「やっぱりしたぼくはバカねー。裏面を見なさい」
 詠美の言葉に紙を裏返す御堂。
「……。コイツは、やっぱり暗号じゃねえか」
 御堂は頷きながら言った。
 しかし、軍在籍時に戦争で必要な知識だけならみっちりとたたき込まれた御堂だ。
 多少の暗号文なら読み解くのは分けない。
 メモの中には彼らの部隊の拠点の位置が書いてあった。
 その位置から察するに、島の点対称の位置あたりにも、また一つ拠点があるのでは
ないかと御堂は考えた。しかし、詠美には事実の部分だけを伝える。
 詠美は大人しく話を聞き終えると、感心するように言葉を漏らした。
「あんたって、弱そうで強かったり、頭悪い癖にこういうのは簡単に解けたり、
不思議なキャラしてるわね……」
 詠美の様子にまたもこめかみを掻きながら御堂は声をかける。
「いずれにせよ、二人ではどうこうできる問題じゃねぇ。早く、別の奴らを見つけるぞ」
 いいながら、2匹を詠美に放る。
「そいつ等はこれからずっとお前が預かってろ! またよだれを垂らされちゃかなわん」
「え、あ、うん……」
 何故か詠美はその言葉に素直にうなずいてしまった。
「それからな、多少臭くても我慢しろ。バイクで移動した方が、体力の消耗が少ない」
 御堂の言葉に、詠美は再び素直にうなずいた。
――したぼくが、実はスゴイ奴かもしれないって思ったからじゃない。和樹や楓ちゃん
達に約束したことを実現するためには、今はあんたに従うことが必要なんだって、そう
思うからあたしはあんたのいう通りにするんだからね!? あんたはあくまであたしの
したぼくなんだから、勘違いしていい気にならないでよ? ――
 詠美の心の声を御堂が聞けるはずもなく。
 御堂は突然の詠美の変化をいぶかしみながらも、再びバイクのエンジンに灯をともした。

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