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こころの鬼


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コツ、コツ、コツ。
硬い足音をたてて調理実習室をあとにする。
入ってきたときは、あんなに希望に満ち溢れていたのに、今は消沈している。

妹達を救うために、わたしは奔走した。
-----そして、いや、だからこそ彼女達も救いたかったのに。
気が付けば主催者達を喜ばせる剣闘士として蛮勇を奮わざるを得なかった。

ほう、とため息をついた時。
どこかで起きた爆発音に夜の校舎が震動する。
廊下から扉の小窓を通して時計を見る。約束の時間まであと数分ある。
(…少し、はやくないかしら?)

「千鶴姉、今のは…?」
不審がる梓に対して、階段を降りながら手筈を説明する。
「そっか」
と軽く答え、他の連中がやったかもしれないね、と梓がげんなりしながら続ける。
その語尾に重ねるように再度爆発音。
近いせいかもしれないが、大きく揺れた気がした。

階段を降りると廊下の反対側に月光が射しこんでいる。
大穴がぽっかり開いている。
そして女子トイレの扉も吹き飛んでいる。

脱出口を穿てば、人が集まる可能性がある。
敵も、味方もなく集まってくるのは想像に難くない。
だから私達は時間を打ち合わせて脱出する事にしたのだが…誤差は数分だ。
どちらが初音の開けたものかは判断しがたい。
偶然の悪戯という奴だ。

わたしは迷った。
積極的に殺すつもりならば出てくるところを狙えばいいのだから脱出の瞬間は
危険に満ちている、判断を誤れば、また-----また、死人が出る。

しかし、そんな迷いを運命は待ってくれなかった。
「初音ちゃん!」
叫びが聞こえる。
少し遠いが、方向は女子トイレ。
三人頷きあい駆け出す。
私達は、校舎という名の闘技場をあとにした。

ひゅう、と軽く風が吹き、藍色の空を月光が蹂躙する。
目を凝らすと裏門に一人の少女が立っていた。
おかしい。
二人立っていなければならない筈のそこに。
一人の少女が立っていた。
意識せず、わたしは手を握り締めていた。
冷たい、手だった。
初音のぬくもりは、既に失われていた。

「何やってたんだよ!」
梓が七瀬さんに掴みかかる。
「わかんないわよ!ジローがなんとかとか言いはじめて、突然駆け出しちゃって、
 追いかけたのよ!?でも銃まで構えられちゃどうしようもないじゃない!」
梓と同じくらい激昂して七瀬さんは言い返す。
「くそっ!…千鶴姉、それって…」
そうだ。
それは、鬼の記憶。
初音の笑顔には縁遠く思えるそれが、ここにきて顕れたのだろうか。
やりきれなさに歯を食いしばる。

そのとき。
名雪ちゃんの笑顔が。
最後の笑顔が浮かんで初音のそれに重なる。
あまりに不吉なイメージに、わたしは思わず駆け出す。
「ダメだ!」
梓が腕を掴み引き止める。
「ダメだよ、千鶴姉…」

梓は最後まで言わなかったが。
わたしには理解できた。

わたしが一人で追ったなら。
あの娘は、喰われる。

こころの、鬼に。

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