高嶺。
訂正せねばならない。
この高槻は、戦略面、その他云々に関しては、けして他の模造体に劣るわけではない。
彼が劣るのは、自分を見つめる力、自己反省能力に欠けている事。
そして、それの有無が、人の資質の価値の差で――
三階の仮眠室に響くサイレンの音。眠っていた男達は、はっと目を覚ました。
初めて鳴った警報は、侵入者の最初の襲撃を意味していた。
部屋に三人。皆三十を過ぎた頃の、一つ戦闘するにしても、ところどころに老獪な味を見せるようになる頃だった。
彼らは、長瀬一族にも、FARGOにも関わりのない、ただの傭兵である。
ドイツなり、ベトナムなりで戦火をくぐり抜けてきた男達だ。
異常に高い報酬に胡散臭さを感じない事もなかったが、前払いで振り込まれたその額は、
そんな疑念など無視して構わぬほど高い額だった。
一般市民を多数集めて、殺し合いをさせる。
正直馬鹿げた企画だと思った。だが――あまりに甘美な響きだった。
今までにもそれなりに地獄を見てきたつもりだったが、今度のこれは、ある意味でそんな地獄よりも、
もっと苦しい場所にある、そんな魅力があった。
金の問題ではなく、このゲームに乗るのは、なかなかに楽しそうだ。
結局、彼ら三人の元傭兵は、このゲームに参加したのだった。
「にしても、遅すぎたな」
煙草を銜えながら、一人がそう言うと、無精髭を生やした一人が、まったくだ、と頷いた。
サブマシンガンを手に取り、微調整を始める。カツン、カツン、と、やけに暢気な音が響く。
「俺ら三人以外は、殆ど素人みたいなモノなんだろ? 兵士長みたか?
あいつ多分、あの管理者の直属の兵士かなんかなんだろうが、てんで戦闘経験なさそうな顔してやがった」
三人目、一番身体の大きな男が言った。
「他の兵士もあまり鍛えられてない。FARGOって所の奴ららしいが、大した事ない奴ばかりだ。
あの高槻だっけ? あれ、一応重要な奴なんだろ?そんな適当で良いのかね。
大体、噂ではレーザー砲まで支給されてるんだろ? 俺ら、そんなもん相手だったら尻尾まいて逃げるぜ?」
最初の男――中で一番小柄な男は肩を竦め、
「饒舌だな、緊張してんのか? 珍しい」と軽く揶揄した。
「うるせえよ、馬鹿」
「……ま、一理あるわな。俺らみたいな、金で動く傭兵なんざ信用できるわけねえのに、良くもまあ。
それとも、オレ達なんか当てにしてなくて、あの兵士達の盲信性を信じてるのかね? 笑えるな。
……それとも、あの男、別に重要な役じゃないから俺らみたいなのに護らせてるとか」
髭の男は武器の調整が終わったのか、ヘルメットをかぶると、
「雑談はそれまでだ、行こうぜ」と声を掛けた。
その声に後の二人ものろのろと立ち上がった。
死体からサブマシンガンと予備のマガジンを奪い取り、彰はまた駆け出した。
十字路を真っ直ぐ行くと、そこにはエレベーターと階段があった。
外から確認はしていたが、一応エレベーターの前に立ち、階数を調べる。――八階。
敵が何人いるかは判らないが、十人はいるとみて構わないだろう。
エレベーターを使うのは危険すぎるので、彰は横にある階段を駆け上った。
踊り場の影になっている所に切り札入りの鞄を放る。
「いたぞっ!」
二階に飛び出たところで、彰はそう叫ぶ。
一人、今度はしっかり武装した兵士が駆けてくるのが見えた。
だが、武装していてもそれでも彼らはあまりに無防備すぎた。
「今、二階に昇っていったんですが、上手い事やられて」
息を切らした演技をする。――こんな大根芝居に騙されるなよ、全く。
「で、どっちに行ったんだ」
ヘルメットから顔が、目元がこうも露出されているのに、どうして僕が偽物だと気付かないかなあ?
まるで疑う様子もなく訊ねてくるその男に、彰は心底の呆れを覚えた。
「一階に戻っていきました。別の階段でも使う気でしょうか」
後輩の声や顔くらい、動転してるからって間違えるなよな。
「よ、よし、行くぞ!」
――そう云って、兵士が駆け出そうとした時、彰がすれば良かった事は一つ。
背中をぽん、と押してやるだけ。
「な」
がらがらと激しい音を立てて、兵士は階段から転げ落ちた。
「貴様っ、まさか大森じゃ」
相手が激昂し、銃を構える前に、彰もまた階段から飛び降りた。
そしてその勢いに任せるまま、ヘルメットに蹴りを放った。
上手く狙い通り蹴りが入ったのは幸いだった――いつもの貧弱な自分からは信じられないほどの力を出せている。
足の裏に鈍い手応え。踵にかかる衝撃から、倒した手応えを感じた。
ぴき、と言う小さな音を立て、ヘルメット前頭部の防護ガラスに小さなひびが入った。
だが、兵士の首に掛かった衝撃は、そのひびほど小さくはなく、悶絶した表情でそこでのたうち回る。
彰は両腕を思い切り踏みつけて、その動きを封じる。
後はその防護ガラスに至近距離から弾丸を放つだけ。
ガラス部に銃口を突き付ける。なんて悲痛な表情。
懇願。なんて、人間らしい。
「やめてくれやめてくれやめてくれすまなかったすまなかったすまなかったすまなかったすまなか」
ぱららららららら。
かちん、という音と共に、弾丸が切れた。
彰は空になったそれを死体の傍に放った。
彰は鞄を手に取り、死体から再びサブマシンガンを奪い取ると、また階段を駆け出した。
大丈夫、きっと僕はまだ血に狂っていない。
そう、自分に言い聞かせた。
「まだ誰が侵入者か特定が出来ないのか」
高槻は、汗を流しながらそう呟いた。兵士長からの連絡は芳しくない。
「す、すいません……」
「使えん奴めっ」
高槻は苛立ちのままに無線機の電源を切った。
早く侵入者を特定して、爆破して仕舞わねば――。
長瀬一族のところにも繋がらない。どうなっている?
彼らからの報告がなければ、特定だって難しいというのに。
階段を一気に昇り詰める。五階まで一気に駆け抜けたが、敵はまるでいない。
目的の場所まで一気に――そこで、彰は一瞬考える。目的物は二つあった。
ここには二つのモノがある。通信機と、爆破装置。――どちらを優先するべきか。
彰が優先したのは、在処が何処とも知れぬ通信機よりも、屋上に行けば確実に見つかる爆破装置だった。
あれが爆破装置である、という確信はないが、何にせよあれは重要なモノだという確信はあった。
敵には未だ遭遇しない。――人の気配すらしない。
だから、そこで初めて彰は危機感を抱いた。
今までの兵士は、兵士と呼ぶにはあまりにも稚拙な戦闘力の持ち主ばかりだった。
自分のような貧弱な男で殺されてしまうほど。
だが、高槻という重鎮を守る上で、それ程甘い防備があろうか?
後何人いるかは判らないが、間違いなく、訓練された敵が数人はいる気がする。
――だから、彰は階段を真っ正直に昇るのを止め、五階の長い渡り廊下に飛び出した。
――階段の上に敵がいたとしたら、それは戦うにあまりに不利だ。
その直感は辛くも当たっていた。その丁度一つ上の踊り場で、訓練された傭兵が一人、
「勘のいい子だな」と笑いながら、ヘルメットもかぶらず煙草を吹かしていた。
都合良くその渡り廊下には敵の姿は見えない。本当にいないのかどうかは判らないが。
この階段を昇るのが危険ならば、と、彰は呟き、
廊下の反対側にあると思われるもう一組の階段のところに彰は走り出した。
――そして、六階には敵が三人いる。今度こそ、油断のない強敵が。
【七瀬彰の持ち物 拳銃×1 サブマシンガン×3 切り札入りの鞄】