PAST ENDING III〜砂漠の鷲と人形劇〜
バサバサバサッ。
銃声に驚いてどこかへ飛んでいっていたはずのカラスが、
再び戻ってきて肩の上にちょこんと止まった。
「……お前か」
往人はだるそうにそう言った。
背中には気絶している晴子を背負っている。
どこかに傷を負っていないかと調べたが、
とりあえず致命傷になり得そうな傷は無かった。
――後頭部が経れているのが、少し気になったが。
頭部が砕かれたあのロボットは放置してある。
不憫かとは思ったが、生憎埋葬してやるほどの義理も無かった。
往人は智子のいるところまで戻ってきた。
木に寄りかかり座っている智子。
ずいぶんと疲れた様子で、肩を落とし、目を瞑り、まるで眠っているかのようだった。
「……なんとかなったみたいやなぁ」
目をゆっくり開いて、往人の姿を認めた智子は、ぼそっとそう言った。
「あんたのおかげで晴子を助けることが出来た。
礼を言う」
往人はそのまま軽く礼をした。
「いややなぁ……。そないなこと言うたら、うちかて礼言わしてもらいたいわ」
ほおと口元を吊り上げて、色褪せた笑みを智子は浮かべた。
「ホンマに幸運やわ……。あんたやろ? 晴子さんとこに転がりこんどった人形遣いは」
「ああ」
「そうか……。なんやそんな気がしてたんや。血相変えて走ってくんやもんな……。
よかったな、再会できて」
「……全くだ」
ずり落ちてきそうだった晴子を、往人は背負いなおした。
ふと、往人の右手の銃が智子の目に入る。
「あんたの武器……、その銃か?」
「ああ」
「ちょい見してみ」
往人はその銃を手渡す。
「へへ、無用心やなぁ。簡単に武器渡してもうて……」
「あんたにはそれは撃てないからな」
「……そうやな。
なんや、よう分かっとるんやん」
「まあな」
智子は乾いた瞳で自嘲していた。
手の中に入ったその銃に目をやる。
「……なあ、あんたこの銃何て言うか知っとるか?」
「いや」
「うち知っとるねん……。どや、凄いやろ……?」
「そうだな」
「前、……な。
藤田君とゲーセン行った時のことや。
なにやら分からんけど、新しいゲームやって付き合わされてなぁ。
何やったかなぁ……。
何か、ゾンビがうじゃうじゃ出てきて、それを撃ち殺してくゲームやった。
結構難しくてなぁ……。
なかなか上手くいってくれへんかった……。
やっと上手くできるようになった、そう思えたとき、
私が使っとったキャラが装備しとったもの、
それがこの銃やった。
あんまりリアルな造りでな、
それが頭に焼き付いて離れんかったんや。
で、じーっと眺めてたら藤田君が教えてくれたんよ。
『ああ、それは”デザート・イーグル”だな』って。
うち、ホンマにそう言うのには疎くてなぁ。
へ? 銃に名前なんてあるの?
そんな返事してもーたわ……。
だから……、それだけは……知っとる。
あんたの持ってるこれには、砂漠の鷲の名が刻み込まれておるんや……。
覚えときや……、この誇り高い銃のことを……」
智子はデザート・イーグルを往人に返した。
「そうか……、名前があったんだな」
往人はその無骨な銃を眺めて、感慨深そうにそう言った。
残弾は……残り一発。
最後まで……俺を助けてくれるか?
たった二日……されどとても長い二日を経て、
往人はその銃と、何か見えない絆が出来ていたような気がした。
「あー……、そうや。忘れもんがあるで……」
力が抜けただるそうな口調はさっきからのことであったが、
それがさらに進行したような……それほどに智子から生気が薄れていっている。
目も、また閉じかかってきている……。
「何だ……?」
「観鈴や……。あの子、あっちに置いて来てもーたわ……。
すぐ近くやから行ってやり……。
それで、……全員や」
「……分かった」
往人は返事をした。
だが、その瞳はずっと智子を見つめていた。
「しかし、あれやなぁ……。
折角お目にかかれたことやし、
うちもその不思議な人形劇を拝みたかったんやけど……、
ちょっと無理そうやなぁ……」
「……やるか、今ここで?」
「できるんか……? それはうれしいわ……」
往人は背中から晴子を下ろし、後ろ手に人形を取り出した。
ばさっばさっ。
さっきまでおとなしくしていたカラスが、突然のように騒ぎ出す。
「何や……、カラスまで喜んどるわ……」
「そうみたいだな……」
往人はうざったそうにそれを振り払う。
「さて……、あまり大したことは出来んぞ?」
智子はゆっくりと頷いた。
そして一呼吸置いて往人は行った。
「――さぁ、楽しい人形劇の始まりだ」
――本当に、今の往人に大したことは出来なかった。
「ハハ……本当に動いとるわ。……すごい」
――だけどその人形は、死に際の智子の心を、確実に潤していた。
「冥土の土産にいいもん見せてもらったわ……。
――しかし、あれやなぁ……。
生兵法は怪我の元言うけど、まさか致命傷になるとは思わなかったわ――」
「智子さん! それに往人さん!?」
後ろの方で声がした。
「……観鈴」
「何や……あれほど動くな言うたのに」
泣きそうな顔で観鈴は言った。
「だって……、たくさん銃を撃つ音が聞こえて……。
それでもしお母さんや智子さん死んじゃったら、
私、独りぼっちになっちゃうって、そう思ったら……」
観鈴の手が、智子の視界に入った。
黒く土で汚れ、爪先まで土が詰っている。
「そか……、埋めてやったんか……。偉いで……」
「う、うん。あそこは土が柔らかかったから、だから」
コクコクと観鈴は頷いた。
智子は往人に目をやった。
「……あとは頼むで」
「……分かった」
ただ、それだけで済んだ。
「すまんなぁ観鈴……。よかったらうちのことも埋めたってや。
もう、逝くよってなぁ……」
え、と観鈴が聞き返すよりも早く、彼女の目は閉じられた。
智子は少し遅い眠りについた。
永久に目覚めることの無いそれに浸る智子の顔は、これもまた安らかに見えた。
――先に逝くで、晴香。
078 保科智子 死亡
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