隆盛。
階段を半分昇って、踊り場に立つ。
不用意ではあったかも知れないが、他に上に行く方法も思いつかなかった。
足跡を殺し、そして階段の上に立つ、サブマシンガンを持った男が見えた。
ぱらららら、と言う音色が、彰の足下で鳴る。なんて小気味の音だろう。
「あんたが侵入者だろ」
髭の男が、笑ってそう言った。……これ以上、大根の演技は出来ないか。
「一人で良くもまあここまで来れたもんだ――だが、ここまでだ」
次の瞬間、彰の背中に走る悪寒。
――ヤバイ!
恐怖のままに階段を飛び降りる。
まともに戦ったら間違いなく殺される!
再び五階に戻り、渡り廊下に身を放った。次の瞬間、また自分にダンスを踊らせるためであるかのような、
リズムの良いドラムのような音が耳に聞こえた。
あんなのがもう一人いたら、自分は間違いなく上には行けない。
息を切らしながら、彰は渡り廊下を駆けた。
だが、それ程時間があるわけでもない。
そろそろ侵入者である自分の正体が明らかになり、爆弾を爆発されてもおかしくない。
――おかしいぞ?
そこで彰の頭に一瞬走ったのは、ある考えだった。
反逆者を監視する上で、一番簡単な方法は――爆弾の中に発信器を付ける事じゃないか。
今初めてその考えに至った自分は、なんという愚かなのか。
それに気付かなかった自分は、もしその推測が事実ならば――侵入した瞬間粉微塵になっていた筈だ。
それこそ――誰も巻き込まないはずの、入り口付近で。
それが、こうして今まで生きている。無闇に参加者を殺す事がいけない事であるとしても、
自分の命が怪しくなっている時に、爆弾を爆発させない事があろうか?
彼は爆弾を爆発させる管理者だ。それくらい朝飯前の筈だ――
くそ、切羽詰まっていてこんな事にまで頭が回らなかったのか、畜生!
だが、ともかく自分は今まで爆破されなかった。
つまり、爆弾に発信器が付けられている訳ではない、という事だ。
たぶん、別の方法で監視をしている。発信器を付けるより効率の悪い方法で。
だから今まで自分は爆破されなかった。
だが、何にせよ早く行かねば、せめて爆破装置だけでも破壊せねば、何のためにここに来たんだか判らない。
何故、爆弾に発信器を付けなかったか?
それは簡単な理由だった。もし、爆発させる権限を「この高槻」に与えたならば、
――下手をしたら、主催者の計画がすべておじゃんになってしまう可能性があったから。
だから、わざわざ上空からの監視体制を敷いているのだ。
彰は考える――
――切り札は、あくまでそれを破壊するために使うつもりだった。
最初は、対人兵器としてそれを使うつもりだった。人を殺すには充分すぎる破壊力だ。
外で、爆破装置があるのを見て、初めてそれを、装置破壊に使う事を思いついた。
だが、果たして切り札が、屋外で効果を持つだろうか。
まったく持たないな。風が少し吹いていれば多分駄目だ。
装置として設置するのも無理なら、たぶん無茶だ。
むしろ。
こんな、目の前の、エレベーターの中のような場所で、それは効果を発揮する。
彰は、一つ唾を飲んだ。
最初に考えた用法だ。これでなんとか、上には――屋上には行けるだろうか。
巻き添えで死ななければ、多分行けるさ。
「うん、なかなか面白い」
六階――傭兵三人は、楽しげに笑った。
「素人の割になかなかやる。もう少しじわじわやろう」
髭面は一人は本当に愉悦の表情。
「お前の悪い癖だ。一気に終わらせて眠らせろ」
大柄な一人は苦笑しながら。
「ま、所詮素人だ、すぐにぼろを出すだろ」
小柄な一人は少し達観したような貌。
その小柄な男は、目の前のエレベーターから鳴る
「ほれ見た事か」
と、動き出したエレベーターを見て、後ろの二人を顧みて笑った。
「階段が危険だからって理由で、今まで使わなかったエレベーターに、一縷の望みを託した、ってわけだ」
髭面は「なんだ、つまんねえ」と、興醒めしたような顔で肩を竦めた。
「油断するなよ。終わらせてゆっくり寝るんだ」
大柄な男は欠伸をして、諫めるように、そう言った。
「と、エレベーターを動かしただけで、あっちの階段使って昇ってくるかも知れんから、高野」
と、小柄な男は、髭面の、高野という名らしい男に視線を遣る。
「りょーかい」
つまらなそうに、髭面の男は反対側の階段へと向かった。
これで万端だろう。他にも色々奇策は考えられるかも知れないが、それでもこの階を突破しなければならない。
エレベーターの中にいなくても、高野が行った方の、離れた階段の方を昇ってくればそれで終わり。
このエレベーターは右寄りの階段のすぐ横に配置されているから、その横の階段を昇ってきても蜂の巣だ。
大柄な男と小柄な男、二人は並んでエレベーターのボタンを押した。
次の瞬間には、二人は銃を構えた。開いた瞬間に蜂の巣だ。
五階から六階――そして。
――扉が開く。
――二人はその瞬間、同時に悲鳴を上げた。
逃げる間は、あったのだろうか?
ある筈がない。
彰は、三階まで一旦降りて、エレベーターの中に入った。
持ち運んだモノは、すぐ横にあった椅子。
ぱらららら、と、天井に向けて勢いよく銃弾を発射する。
からん、と音がしてそれは弾切れの様相を見せた。
そのおかげで、天井に開いた穴からは、暗い、暗い闇が覗けた。
後、二丁。だが、これだけあれば破壊は出来るかも知れぬ。
椅子を伝って、壊れた天井に荷物を放る。
そこから覗けるエレベーターの上には、それを吊しているワイヤーと、
塗装のされていない金属的な壁面が見えるだけの無機質な視界。
そして穴のすぐ傍には、――非常用の梯子もあった。
上手くすれば、あれを伝って上まで行けるかも知れない。
一旦彰は降りると――覚悟を決めて、エレベーターの扉を閉じた。
そして、再び天井に上がった。
五階で止まるように仕向けたのは、勿論時間を稼ぐためだ。
成功するかどうかも判らぬ。
所詮ミステリーで仕入れた知識だから――
けれど、成功するという確信は何処かにあった。
六階。彰は二つ、唾を飲んだ。
扉が開いた。
兵士二人が、――事態を理解してくれたようだが、残念、もう遅い。
そう――これが、切り札だった。
重い鞄の中身は、小麦粉。
エレベーター内部にはそれがたっぷりと撒かれていた。
真っ白な視界。一見間抜けなその様相。けれど、結構危ないモノなんだ。
彰はここまで、鈍器としてしか使われなかった、重いだけのつまらない小説のページを破り、それに火を点けた――
扉が開いた瞬間に、その燃片を、内部に放り込み、彰は衝撃に備えて、梯子に手を掛けながら、
目を閉じた。
――粉塵爆発。
可燃性の粉末の飛び交った空間、充分な酸素、そして、火花程度で構わぬ、小さな火気。
その三つの条件を満たした時生じる、どうしようもない爆発。
昔読んだミステリーで得た、そんな生半可な知識だった。
ガァァンッッッッッッ!
信じられないほどの爆音を立てて、エレベーターははじけ飛んだ。
大きな火柱と共に、エレベーターだった箱は、ただの破片となる。
巨大な飛片が自分にも襲いかかる。
大きな金属片が後頭部に激突した。ヘルメットにひびが入る。
飛び出てくる火炎が、自らの足を灼く。それを避けようと必死に梯子を昇るが、その熱は確実に彰の足を蝕む。
ワイヤーは千切れかけるほどに。信じられない、なんていう破壊力だ。
多分確実に、先の兵士二人も吹き飛んだ。
――これで敵は殆どいなくなった筈だ。
ぬるぬるとした液体の感触が気持ち悪いので、ヘルメットを脱ぎ捨てた。
それは汗ではなく、血。
眩暈がする。だが、止まるわけには行かない。
震える手で、しかし、力強い指先で、彰は梯子を昇り始めた。
サブマシンガンはあと二丁――これで、爆破装置を破壊できるか?
やってみなくちゃ判らないさ。
高野は爆音を聞いて、慌てて六階に戻った。
そこに見えたのは、燃えさかる火炎だけ。
二人の仲間は、多分もう、ただの燃えくずだ。
昔からの知り合いだったわけだから、そりゃあ憤慨がないわけでもない。
けれど、それ以上に、――侵入者に、感心していた。
素人がここまでやるのが、今の時代か。
そう思うと、少しおかしくなった。
「取り敢えず、少し休むか――」
もうどうでも良い。面白い地獄を見れただけで充分だ。
お前ら二人の仇もとるつもりないしな――。
高野は、そう呟いた。
梯子を上り詰めたところに、屋上があった。
上手くできているものだ。ご都合主義のミステリーみたいだな。
強引によじ登り、漸く彰は目的の場所にたどり着いた――
「ここ、か」
足の感覚があまりない。今はそんな醜いところ、見たくもない。
空を見れば月が出ている。
今まで気付かなかった――
目の前にあるのは、パラポナアンテナのような形をした、奇妙な装置だった。
それが爆破装置であると彰が確信した理由は、実はここに到達するまで彰には判らなかった。
だが、――きっとあれだ、という、そんな曖昧な理由。
通信用のアンテナが、少し離れたところに立っていたのが、そう判断した事情なのか。
「――壊そう」
その時階段を昇り詰め、――そこに現れたのは、高槻だった。
「よくもまあ、ここまで派手にやってくれたな」
高槻は薄く笑った。七瀬彰くん、と、自分の名前を呼んだ。
周りに護衛がいないのが最初何故か判らなかったが、
その理由が、彼の横にある大型の機関銃の為だ、と判るまでに多少なり時間を要した。
それを動かしながら、動けない彰を横目に、高槻は爆破装置の前に立った。
「貴様のせいで計画がぶち壊しにされそうだよ。長瀬一族の末尾にいるからって、大それた真似しやがって」
「大それた事したのはどっちだよ」
こんな馬鹿げた計画をやりやがって。言うと、高槻は笑った。
「何を今更。――まあ良い。ん? 何だその視線は。
……これか。別にこれは単なる護身用の機関銃だよ。お前はオレをとことん馬鹿にしてくれたからなあ」
爆弾で、死ぬほど苦しめて殺してやるよ。
すぐには死ねないぞ、爆発する瞬間まで恐怖に怯えていなくちゃいけない。
そう云って、懐から出してきたのが、多分起爆スイッチだった。
「これがお目当ての起爆スイッチさ」
高槻は後ろのパラポラアンテナを撫でながら笑う。
「七瀬彰の爆弾パスコードはもう入力済みだ。後はデータを転送するだけだ!」
躊躇う事なく、高槻はボタンを押した。
それは、死の宣告。何秒後に死ぬのかな、僕は。
彰は――笑った。
「ひゃははははは、折角ここまで来たのに残念だっ」
ぱらららら。
「馬鹿か? お前」
蜂の巣になった高槻の面は、よく判らぬ、と云った貌だった。
充分なんだよ。
爆弾の最大のデメリットっていうのは、
――瞬間的に爆発させられない、爆発までのタイムラグなんだよ。
僕が引き金を引くのと、爆弾が爆発するの、どちらが早いと思う?
本当に、こんな奴がこの島の管理者なのかな? 信じられないよ。
それに、目的を果たす上では全然問題ないんだ。
僕が爆発する衝撃で、これが壊せれば良いんだから――!
冬弥、由綺、初音ちゃん、皆、生き残ってくれ!
無駄な争いは、これで終わりだ!
そう思って、彰が駆けた瞬間――
その瞬間、爆発したのは高槻だった。
爆風で彰は弾き飛ばされる。
強くタイルに叩きつけられ、彰は、漸く、そこで気を失った。
爆破装置はその瞬間、砕けた。
どうしようもない熱と光の中で。
この高槻の体内には爆弾が内蔵されていた。
それは、自爆用の爆弾だった。
それを爆発させる方法は、二つあった。
オリジナルの高槻が、自爆用のボタンを押す事。
そして――
彰には体内爆弾など埋め込まれていない。
しかし、彰のパスコードはあった。なければ、この高槻がパスコードを入力出来るはずはなく。
そう――彰用の爆弾はあった。
それが、この高槻の中に埋め込まれていた。
彼は、自らの起爆スイッチを押してしまったのだ。
それが偶然だったのか、何かの力が働いていたからなのかはわからない。
――ともかく、これで爆破装置は潰えた。
【七瀬彰 屋上で気絶中 サブマシンガン×1 拳銃×1】