気まぐれ
「大したタマだよ、少年……」
男の声に彰は意識を取り戻した。
携帯していた銃器は、爆風に紛れて手の届かない場所へ。
自身も仰向けに倒れて、その腹に足を乗せられている。
おまけに相手は彰の心臓にねらいを付けた形で、サブマシンガン
を構えているという状態だった。
「本当に、やってくれるよ。お前のお陰で、俺の戦友が二人も
あの世行きさ。しかし、こんなところに一人で、こんなひ弱そうな
奴が乗り込んできて、しかも事をやり遂げちまうんだからなぁ。
俺達は飯の食い上げだよ」
そういいながら、なにやら楽しそうに彰を見下ろす傭兵。
「それはまぁいい。しかし、何だってこんな真似ができる。何が
お前にこんな事をさせるんだ? 俺はそいつが知りたい」
彰は小さくせき込んで、そして呟いた。
「強くなければ生きられない。優しくなければ生きていく資格がない……」
「へっ?なんだよそりゃあ。CMかなんかか?」
唐突な彰の言葉に、傭兵――高野と呼ばれていた男だ――は軽く首を
傾げた。
「違うよ。チャンドラーさ。フィリップ・マーロウの台詞だよ……」
──僕は何かをしたかったんだ。
今までの僕はいつもなあなぁで事を済ませて、それでも、自分の
夢想するような展開が実際に起きることをどこかで期待してた。
人に向ける優しさは自己愛の裏返しだった。他人に優しく振る舞う
ことで、その見返りに優しくされることを期待する……。そんな、
強さとは無関係の生活を続けていた僕。
でも、この島でまで、それを続けるわけには行かなかった。
先に死んでいった、美咲さん達のためにも生きている僕は何かを
やらなければならなかった。
状況に流されるのではなく、自分の意志で何かをやれる強さを
僕は欲しかった。
そう思ってここまでやってきた。そして、一つの目的を達成する
ことができた。美咲さん、僕を褒めてくれるかい?
けど、ここまでだな。ここが僕の限界だったって訳だ。
僕は強くなれたのだろうか。
……そして。
美咲さん、もっとそばにいたかったよ。
この後また、あのころみたいに一緒に過したい。
そうやって過ごすことが、出来るだろうか……──
彰の思考はぐるぐると回った。
その中に現状打破をなせるアイディアは一つもなく、もはや彼は
観念した様子だった。
傭兵もしばらくの間、彰の言葉の意味を考えていたようだったが、
それにもどうやらあきたらしかった。
「その台詞がなんだっていうんだ。お前はここで終わりだよ。
ゲームに戻れといっても、今さら首を縦にも振るまい」
彰は曖昧な笑みを浮かべて……。
「じゃあ、素直にゲームに戻る、と言ったら?」
言い終えるや否や、体をひねりながら急に起こした。
男の銃のねらいを外そうとする!!
「信じるものかよ」
そして一発の銃声が鳴り響いた。
銃口から発砲後の白い煙が薄く立ち上っていた。
しかし、銃弾に倒れた者は一人もいない。
高野の中ははるか上空、月に向けられていた。
「何故?」
彰は呆然として問う。
「気まぐれだよ。気まぐれ。おめえみたいな素人がドコまでやるのか
を見てみたくなった。そう、ほんの気まぐれだよ。俺はお前を発見
できなかった。そういうこった。早くいっちまいな。俺の気が、
変わらない内にな……」
「う、うう……」
爆発に巻き込まれたときにできた傷は思いのほか小さかったが、
それまでの蓄積が彰を苛む。
――大丈夫だ。まだまだいける……――
自らを励まし、手近の武器を拾う。
「じゃあ、僕は行きます」
――つい先ほどまで殺し合っていたのにな――
そんなことを思いながら、彰は一礼する。
「ああ、いっちまいな。さっさといっちまいな」
高野という名の傭兵は面倒くさげに片手を負って彰を送り出した。
「さーて、どうなる事やら……」
高野はポケットから煙草を取り出し、ゆっくりと火をつける。
そして、彰が建物から離れていくのを目を細めながら見送っていた。
【彰の武器は次の書き手に依存。彼が今まで手にしていた物の内、次書く人
の都合のいい物を持たせて下さい。サブマシンガン×1 拳銃×1 が
手近に転がってるはずですが、失った物は瓦礫の下ということで】