約束
夜闇もすっかり深まって。
中天に月が浮かぶころ。
音もなく扉が開き人影がするりと抜け出してくる。
立ち止まり、一度振り向く。
向き直り、三歩のところで静止。
月を見上げて、そのまま五秒。
そして、ためいき。
「…千鶴姉」
かけられた声に驚いて人影は再び振り向く。
戸口に立つメイドさんに抑えた驚きと共に一言。
「ダメ、かしら?」
鬼の記憶という、一族に与えられた呪いのようなそれを扱うには、千鶴は
間違いなく不向きな存在。
それでも、やっぱり動かずにはいられなかった。
梓は苦笑して、首をふりふり扉を出る。
「ダメに、決まってるじゃん」
さも呆れたように肩を竦めて言い放つ。
だいたい耕一に顔も合わさず出て行くなんて、意地っ張りにも程がある。
だいたいさ、と御小言のように繋げる。
「このカッコで一人でいるのって…恥ずかしいじゃない?」
お互い自分のメイド服を見合ってから、顔を上げ、視線を合わせる。
ふふふ、と二人は声を忍ばせて笑った。
「…ちょっと待ちなさいよ」
またも戸口から声がかかる。
二人はぴたりと笑いを収めて向き直る。
七瀬と、あゆが立っていた。
「忘れもん、よ」
七瀬はぽん、とあゆの背中を押す。
「うぐぅ」
拗ねたようによろけながら、あゆが出てくる。
「ボクも…ボクも行っても、いいかな?」
上目遣いに、遠慮して。小さな、小さな声で尋ねる。
七瀬は思う。あの二人は、強い。
オバサンも、晴香のアホも強かったけど、二人はなんというか…
…「人間離れ」して、強い。
だけど。いや、だからこそ、危うい。
消えた二人に気が付いたあゆが、布団を出ようか出まいか迷ってあたふた
しているのを見たとき、七瀬は結論した。
(この娘が居れば、大丈夫)
何がどう「大丈夫」なのか、自分でもサッパリ解らないのだが、確信していた。
だから七瀬は続ける。
「アタシと怪我人と病人じゃ、自分達の事で精一杯だからさ。
…この娘、お願いするわ」
「あゆちゃん…」
「あゆ…」
「…」
しばしの沈黙の後、千鶴がうん、と頷く。
「一緒に終わらせようって。
約束、したもんね」
言いつつ梓の手を取る。
「寄り道するけど…長くなるかもしれないけど。
それでも、いい?」
そして重ねた手を、あゆの方へ。
「うんっ!」
はっしと二人の手を掴むあゆ。
満面に笑みを浮かべて。
再び三人は手を重ねて。
そして夜闇に消えていった。
静かな静かな夜のひととき。
七瀬は戸口に立って、ひとり考える。
-----ねえ瑞佳?
これって、また貧乏くじ引いてるのかしら?
それでもやっぱり。
これでいい、そう思った。
「…怪我人くん、聞いたか?」
「…なんだ病人」
高熱や痛みに消耗し、ぐったりとしていた二人の男が会話する。
「なんか俺達、最高にカッコ悪いと思わないか?」
「ああ、最高だな」
「とりあえず今は動けない。だから仕方がない。
でも、朝になったら治ってる。嘘でもなんでもいい、治っている。
それで、いいな?」
「そりゃいい考えだな」
いいかどうかは解らないが、かなり無茶な取り決めをする二人。
「よし。じゃあ今は寝る。
起きたら男の意地を見せる。
約束、だぞ」
「…おう」
これでいい、そう思わない者も、二名いた。
【柏木千鶴&梓&月宮あゆ、柏木初音&楓捜索&ゲーム終了へ向け行動】
【七瀬留美&折原浩平&柏木耕一、復活へ向け休養中】