生きる理由


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ようやくスネの痛みが首の痛みよりも感じられなくなった頃、祐介が口を開いた。
「これから…君はどうしたい?」

先程の放送、第6回目の放送――。
マナの大切な人達…由綺や冬弥の名前が挙げられていた。
(ああ、そうだったんだ……)
マナはなんとなく納得していた、二人の死に。
いろいろなことがありすぎた。
失ってしまったものは、もう多すぎた。
霧島聖、杜若きよみ、豹変した霧島佳乃…そして、大切な従姉妹と大好きな男性。
あまりに大きすぎる悲しみに、すでに涙も出なかった。
ただ、漠然とそう思った。
(藤井さんらしい…のかな…)
見たわけじゃない。だけど、二人の最期の姿がなんとなく脳裏に浮かんで。

――…君は、強いね。
長瀬さんが言った言葉。
そんなんじゃない、ただ子供だっただけ。
藤井さんのこと、お姉ちゃんのこと、今まで分かってあげられなかったんだから。
(私は…最後までがんばるから。たとえ弱くても)
それがきよみさんや、藤井さんの願いだって思うから。
きっと、お姉ちゃんだって分かってくれる。
だって、私の大好きなお姉ちゃんなんだから。

「これから…君はどうしたい?」
放送のことはあえて聞かなかった、お互いに。
言いたくなったときに言えばいい。祐介はそう思う。
高槻の放送の後しばらくして長瀬からの放送。
どういう経緯かは分からないが、高槻は任を解かれ、ゲームへと参加することになったらしい。
まあ、ようするに用済みとして捨てられたのだ。
恐らくは長瀬一族――祐介の叔父達に。
「僕達は…向こう側にいる叔父さんに会いに行こうと思ってる。……真実を知る為に」
向こう側――高槻が消えたことにより、叔父はこちら側により近いところへと降りてきたのだろうか。
「……」
美汐はただ二人の会話を黙って聞いていた。
ややあって、マナの言葉。
「私も、敵を倒そうって思ってた。なんとかして脱出の方法を考えようって思ってた。
 あなた達に会う今の今まで、ずっとそう考えてた。だけど」
そこで一旦言葉を切る。
「私、あなたを助けて気付いたんだ。私は、何の為に生きようとしたのかって
 そして、なんで今まで生きていられたんだろうって」
何の為に…その言葉に美汐も顔をあげる。
「大切な人の為とか、こんなゲームを考えた奴が憎いとか
 ただ死ぬのが怖いだけとか…いろんな人がいると思う。
 だけど、私は……みんなを助けたいから、最後まで生きるの」
ちょうど長瀬さんを助けたみたいに、とマナが付け加えた。
「今まではずっと震えてただけ。こんな私、いつ死んだっておかしくなかったのに…
 でも、本当に命をかけて私を助けてくれた人達がいたの。
 だから今の私があるんだ」
聖の遺した救急箱を見つめる。
「私も…みんなを助けたい。私を助けてくれたあの人達と同じように。
 もちろん私も死ぬ気はないわ。私も生きていきたい。
 生き抜くことが霧島センセイ達への償いになると思うから。
 こんな思い…ヘン…かな?」
「いや、変じゃないよ」
祐介がマナの頭を軽く撫でてやった。今度は――蹴られなかった。
「だから、私、行くね。まだ大事な友達が…助けたい人がこの島にいるから」
「……気をつけて」
「……うん」
そうして、ここへ来たときのようなしっかりとした足取りで二人の前から去っていった。

「長瀬さん、私達は、何の為に生きるんでしょう……?」
「……」
美汐の言葉に、祐介は沈黙で返す。
守りたかった女の子達は、出会う前に死んでしまった。
瑠璃子も瑞穂も沙織も…もういない。
何の為に生きるのか、何の為に管理者を、叔父達を倒すのか。
叔父が関わっていることからくる正義感や責任感からの行動、と言えば聞こえはいいが。

「最初に出会ったとき、言ってましたよね?『生きる為には、殺さなきゃならない。
 だから僕は、殺さなきゃいけないと思ったときには迷わず、殺すよ。苦しませずに』と」
「……」
「私は……もうどっちでもいいって思っていたんです」
「えっ?」
「…真琴がいなくなって、人が大勢死んで。心の何処かで、もう死んでもいいかと思ってました。
 長瀬さんと出会ってなければ、私はどうしていたんでしょうね。
 もう死んでいたかもしれませんし、ただ殺戮を繰り返しながら生きていたかもしれません」
「……」
「でも今は、生きようと思います。
 私は長瀬さんを信じます。今度こそ、最後まで……だから、生きようと思います」
そして、美汐の唇が、そっと祐介の頬にかすかに触れた。
「天野……さん……」
「私に……信じさせてくれますか?」
「……うん」
守りたかった女の子達は、出会う前に死んでしまった。
瑠璃子も瑞穂も沙織も…もういない。
だけど、今は美汐が横にいる。
「僕も……天野さんの為に」
祐介はただそれだけを言った。

何の為に生きるのか、何の為に戦うのか。そんな細かいことはもうどこかへ飛んでいってしまった。
最後まで共に生きる。もう、戦う理由はそれだけでいい。
その終着駅がたとえ死だったとしても、絶対に後悔はしない。
祐介は強く、そう心に思った。

マナは元来た道を辿っていた。
佳乃と、そして由綺の横にいたあの綺麗な女の人。
あの場にいた二人の姿を思い浮かべながら。
もし弥生に見つかったら、無事では済まないかもしれない。
冬弥と由綺の結末はマナの知るところではなかったが、
(たぶん、私のせいで二人は……)
マナと別れた後、冬弥が由綺と……そう思えるのだ。
弥生は、もしかしたらマナを恨んでいるかもしれない。

そして佳乃。確か左腕にはボウガンの矢が刺さっていたはずだ。
はやく手当てしないと大変なことになるかもしれない。
(とりあえず…佳乃ちゃんに会おう。そして、もう一度……)

本当なら三人で聖のところに行くはずだった。
あの時何故佳乃があんな行動に出たのかは分からない。
でも、出会った時に見た無邪気な笑顔が本当の佳乃なんだと信じたかった。
「佳乃ちゃん、置いて行ってごめんね…今行くからっ…!!」
きっと佳乃は元に戻ってくれる。マナはそう信じて疑わなかった。


やがて、大切な人を失くした悲しい思い出の場所へと辿りついた。
月明かりに照らされたきよみが綺麗だった場所。
崖下へ吸い込まれていく彼女を、呆然と見ているしかできなかった場所。
佳乃がマナに突き飛ばされて気絶していた場所。

「もうどこにもいない……どこに行っちゃったんだろう……」
そこにはもう…佳乃はいなかった。
ただ、佳乃が倒れていた辺りに小さな血痕だけが染み付いている。

――霧島センセイ、きよみさん、藤井さん……私…頑張るから――

マナはそれでも再び歩き出した。
この島のどこかにいる佳乃を捜す為に。
先のことはまだ分からないけれど。
由綺や冬弥達、大切な友人達を失って――もうこれ以上二度と失いたくない。
それだけのささやかな思いを強く胸に抱いて。

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