見ていた者


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詩子はひとり歩く。
とくに目的はない-----茜を探すといっても、何の手掛かりもない。
ただ、森の中を歩いていた。
やがて森は、人の手が入った赤松の防風林に切り替わり、遠い波音と潮風を
感じると足元がさくり、と軽快な音を立てた。
海岸線に、出ていた。

拡がる視界に思わず息を大きく吸い、そして吐く。
なんとなく幸せな気分になる。
景観からくる開放感は、情況の打破には何の役にも立たないのだが。
包み込むように鳴り響く波の音、風の音を浴びながら。
(あ、もう何日身体洗ってないんだろ…)
そんな暢気なことを考えたりしていた。

浮遊した詩子の意識を引き戻すように拡声器を通した無粋な声が響く。
何度聞いても、いや連続して聞くと尚更嫌な放送だ。
 「ゲーム参加者の諸君。我々はこのゲームの主催者だ。
  あの高槻という使えない男は処分した。
  今の君たちと同じく『ゲームの参加者の一員』と…
ふうん、と心の中で呟く。
高槻ってあの男は、もちろん好きになれないけれど。
結局今の放送の連中のほうが悪い奴なんだ。
「なんか虚しいね」と海に語りかける。

そのとき、海が。
ざざあ、と返事をした。
  …それでは終盤だ。
  我々を、タノシマセテクレタマエ――」
詩子は目を丸くして、放送の終盤はさっぱり聞いていなかった。
心を乱す放送のように、快適な揺らぎを伴う波音を荒らして小型の揚陸艇が
砂浜に取り付いていたのである。

慌てて松の木に隠れ様子を窺う。もし位置を知られていても、走れば逃げら
れるだろうとタカをくくって様子を見ることにする。
そこから降り立つ影は-----高槻だった。
大きな鞄を背負って、兵士のようなジャケットを着込んでいる。
手には銃。なんか大きくて、プラスチックでできたみたいな変な銃を持って。
何か喚いて、一回だけ揚陸艇に蹴りをかまし、手元を見たあと、海岸沿い
に北へ向かっていった。

(うわー、やばー…)
完全装備だ。あれに遭遇したら危険すぎる。
詩子は防風林を内側に抜けつつ南に走った。


陰鬱な表情で、とぼとぼと少女が歩いていた。
家出はしたが頼りはなく、金もない。そんな御登りさんのような惨めな表情。
少女は、初音は制御できない意識に打ちのめされていた。

そんな中放送が流れる。
楓お姉ちゃんが死んだ。
結局一度も会えずに死んでしまった。
悲しくて、そして怖い。
でも、戻れない。
自分を助けてくれる姉には、すがれない。

(そうだ…
 今、どうしてるかな…)
初音はぼんやりと、この島に来てからのことを考えていた。
耕一に会うまで、ずっと守っていてくれた青年の姿。
抜け落ちていたかのように忘れていた、彰のことを思い出していた。

下ばかり向いて。ひとりぼっちで、歩く。
流れ流れて、行き着く先は。
-----墓地だった。
流石に中に入る気はしないので、外周を沿うように歩いてく。
そのとき、がこん、と。
自分の殻の中に閉じこもるように、外に注意を向けずにいた初音にさえ届く
重く、低い音が聞こえた。

(…隠し…通路?)
墓石がずれて、ぽっかりと口を開けていた。
初音は慌てて墓場を離れ木立に身を潜める。
中から男が出てくる。高槻だった。
手に拳銃を持ち、手榴弾を下げている。
「貴様ら見ていろよッ!俺様をコケにした報いを受けるがいいッ!」
そう穴の中に叫ぶやいなや、手榴弾のピンを抜き放り込む。

結果を待たずに高槻は墓場の北口へ向かい一目散に駆け去った。
どかん、と光と震動、そして炎が巻き上がる。
遅れて天に昇る雨のように応射が帰ってくる。
まるで、戦争のようだった。

(彰…お兄ちゃん…)
墓地から発せられる光をぼんやり眺めながら彰のことを考える。
残されていた唯一の拠り所を求めて初音は歩き出す。
前を向いて。
しっかりと。


はーああ、と。
詩子は先ほど海岸でした深呼吸とは明らかに違う、溜息をついた。
森を抜け、坂を駆け上り高台までたどり着いたところでとうとうダウン
したのだ。

見晴台のベンチでごろりと寝転びながら、荒い息を整える。
石のベンチが冷たくて気持ちがいい。
目を細めて、つるりとした感触に頬擦りする。

その細めた視界の中に。
小さく、炎が見えた。
林の向こう側、ぽっかり開いた空間の中ほどに炎がたっている。
そこから離れるように北へ走る人影がひとつ。
水辺近くの家屋に男女一人ずつ。
視線を少し戻して水辺の反対側に続く平原。
そこに-----小柄な、亜麻色の髪の少女が見えた。
(茜!?)
がば、と半身を起こして少女の姿を確認する。茜だ。

安堵と共に視界に入った異物に自然と目が行く。
茜よりも更に遠くに、オートバイが停まっていた。
そこには色黒の男が-----高槻が、立っていた。
(あれ?)
大げさなアクションで暴れている。たぶん、怒っているのだろう。
オートバイにひと蹴り入れて倒すと、茜に先行するように北へと向かう。
(あれれ?)
まっしぐらに北へと向かうその歩みは、ちびちび歩く茜よりはるかに早い。
気分を変えて立ち止まったり、反転しない限り茜と衝突はしないだろう。
けれど。
(なんか、変だよね?)

詩子はたっぷり常識の世界の中で思考を巡らせ、そこから一歩踏み出た
ところで結論が出た。
「高槻…が?-----二人ぃ?!」

それは正解ではなかった認識だが。
そして茜は全く驚かなかった事柄だが。
詩子は危機感に再び駆け出していた。


【高槻01ステアーAUG、防弾チョッキ等】
【高槻02ベレッタM92F(銀色のほうが高槻っぽいかな?w、手榴弾等】
【高槻06不明】

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