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微笑み。


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彰が目を覚ましたのは、その放送が半ば終わった、その瞬間だった――
「――ゆき、100 リアン」
がさり、と茂みの中から姿を現した七瀬彰は、耳鳴りと共に覚醒した。
頭がくらりと重い。後頭部を撫でると、血が固まっているのを確かめる事が出来た。
――朝陽。気付けば朝になっていた。
「以上十三人だ」
放送を聞き逃した事を悟り、彰は舌打ちした。
「これまでで最高の数だが、1人殺して死ぬ奴が多いせいで 生き残っている奴にまだ誰1人殺してないのが結構いる――」
その声が誰のものか認識した瞬間、はっと目が覚めた。今の声は、先程自分が殺したはずの、
「高槻?」
どうして生きている。確かに自分は彼を殺した筈だ。
だが、今はそれを考えている場合ではない。
放送は半ば聞き逃してしまった――友人達は、生きているだろうか。
十三人という大量の数の人間が死んだ。その中に友人の名前が無いとは確信できないが、
――生きていて欲しい。
高槻は続けて喋り出した。
「よし!こうしよう、 次の放送までに1人も殺せなかった奴は即座に爆弾を爆発させる。
 あっ、俺の部下はいくら殺しても駄目だからな」
それは、聞くものが聞けば、顔を青くし、孤独の闇に陥らせる言葉だったかも知れない。
だが、喩えこの放送を聞いても、彰の貌だけは、けして青くなるはずはなかった。
彰だけは知っていたから。爆弾を爆破させる装置は、もうないのだと云う事を。
「――ハッタリ、云いやがって」
もう一台、爆破装置があるのかも知れない、とは思わなかった。
理由はない、それは単なる直感だ。――自分の戦いに、意味を持たせたかっただけだったのかも知れない。
果たして、その直感は正しかったと云える。

だが、今の放送でやる気になった人間がいるかもしれない。
自分がすべき事は、立ち上がって、もう戦う必要はないのだと、参加者皆に告げる事だ。
これ以上、人が死ぬ必要はない。
たぶん――人数は四十人を割った。
それでも、自分一人ですべてに事を告げられるような、数じゃない。
頭に浮かんだのは、初音を預けた柏木耕一達の事。
――彰は足を引きずりながら駆け出した。まだあの場所にいるかは判らないが――

七瀬留美は、強く思っていた。

もう一度、狂ってしまえたらどれほど幸せなのだろう――

しかし、狂おうとして狂う事が出来るほど、七瀬は器用ではなかった。

耕一には、ただ黙っている事しか出来ぬ。
それほどに、それは冷たい。
もう一度手を握った。さっきよりも冷たくなっていた
熱が抜け、冷たくなった折原浩平の傍らで、俯いて泣く七瀬留美を見つめる。
一度は壊れてしまった彼女は、また壊れてしまうのだろうか?
「折原ぁ」
彼女は何度となく、その少年の名を呟いた。
けれど、その眼には、辛うじてだが、正気の色はあった。

初音もいなくなった。一人駆けていってしまったのだと云う。
そして、自分よりずっと若い、自分の若い頃に良く似た少年も、死んだ。
どうして殺してしまうのだろう? 非日常に堕ちようとするのだろう?

耕一は、だが、そこで一つの真理を見たような気がした。
折原浩平を殺したその少女は、確かに自ら非日常に堕ちた。
だが、それは、確固たる理由があってなのだ。
――日常を、取り戻す。
既に自分たちは非日常に堕ちている。そこから抜け出すには、動かなくちゃいけない。
その少女は、更に深く非日常に堕ちる事で、日常に帰ろうとした。
それが正しい事である筈はないが、

ならば、自分は?

どうして、自分達はここにいるのだろう。こんなところで、何を?

大切な人も護れないで、ただ、殺される事を待っているみたいに、座り込んでいるだけ。
誰かが終わらせるのを待っているのか?
その結果、彼女は大切な人を喪った。
自分も、初音ちゃんを護れなかったのだ。
立てよ、柏木耕一。日常を取り戻すんだろう?
燻っていて何が出来る?

「行こう」
という、七瀬の明瞭とした声を聞いて、耕一は、はっ、と顔を上げた。
それは、今まで見た事のないようなすごく、強い眼だった。
泣き腫らしたその痕に、小さな光を見たような気がした――。
そして確信する。今こそ、立つべき時なのだと。
「七瀬、ちゃん」
「折原の仇を取る、なんてつもりはないわ。でも、止めなくちゃいけない」
少しだけ微笑って、七瀬は立った。
それが、折原の願いなら、あたしはそれをやるしかないのよ。
「うん――俺も今、そう思っていた。ここで燻っていても、何もならない」
そうさ、郁未ちゃん達に期待しているだけなんて、俺らしくない。
俺の日常は俺が取り戻す。皆、俺が護るんだ。
「もう少し明るくなったら、出発しましょう」
「ああ」

炎を見つめながら、ふと七瀬が呟く。
「――そういえば、放送聞き逃したんだよね」
「ああ、そう云えば……」
――耕一はまだ知らない。自分の大切なひとが一人、一度も出会えないうちに、
散ってしまっている事を。

七瀬が思い出していたのは、最後の日常のつなぎ目――
椎名繭。自分を慕ってくれた、可愛い娘。
彼女はまだ、生きているだろうか。難しいだろうが、願いたかった。

がさり、と音を立てて誰かが現れたのに即座に気付いたのは、七瀬が少し敏感になっていたからかも知れない。
「誰っ!」
その声を聞いて耕一は身体を起こすと、傍らに置いてあった中華キャノンを手に取った。
――そこに現れたのは、――何処かで見た事がある青年だった。
「良かった、まだいたっ」
――自分と合流するまで、初音を保護してくれていた青年。
「あ、あんた誰よっ」
右手にはサブマシンガン。身体中に血がまとりついているその姿は、殺人鬼と見てもおかしくない。
何より、その精悍な顔つきが、先に見た時からは信じられないほど強固になっていた。
拳を握りしめ、七瀬は大声を張り上げた。
「初音ちゃん、は?」
七瀬彰は、七瀬留美の声に耳も傾けず、呆然とそう呟いた。
そして、横たわっている浩平の死骸を見て――

「初音ちゃんは――」
耕一が答えようとする前に、彰は耕一に飛びかかってきた。
「なんで護れなかったんだよ、くそっ!」
信じられないほどの形相で、彼はそう云った。
「あんたに信頼して預けたのに、畜生、僕が戦った意味は何だったんだっ」
細い体つきなのに、信じられないほどの力を見せる。
「初音ちゃん……畜生、畜生、畜生! 一緒に帰れないのかよっ」
力を緩めると、今度はゼリーのように崩れ落ち、おいおいと泣き始めた。
――そして、耕一は実感させられる。自分は、初音ちゃんを護れなかったのだという事を。
「すまない。俺の力不足で、初音ちゃんを一人にしてしまった――」
唇を噛む。なんて、無様だ。

「なあ、あんた、放送で初音ちゃんの名前は呼ばれてないんだよな?」
彰は顔を上げると、ふと、そう訊いた。
「申し訳ないが、俺は放送を聞き逃したんだ。彼女も聞いてない」
「――なら、まだ生きてるかも知れない、な」
「生きてるさ、決まってる! 生きてるに決まってる!」
耕一はムキになって反論する。
そんな、死んでいるなんて言葉を吐くな!

そう云うと、彰は酷く冷えた眼で、

「なら、何であんたは初音ちゃんを捜しにいかなかったんだよ?」

そう呟いて、彰は立ち上がった。

「僕は、初音ちゃんを捜しに行くから」

その冷たさが、耕一の心をずきりと刺した。
そう――遅すぎた。青年が現れる直前になって、漸く、自分がすべき事を理解した。
それを、責められている。苦しかった。悔しかった。

――その時漸く、耕一は彼の足を見た。
右足の甲が、半分くらい無くなっているじゃないか。
火傷の痕も酷い。壊死してしまう可能性すらある。
まともに歩けない筈だ。

彰は振り返ると、
「言い忘れてましたが、――もう、殺し合う必要はないです。体内爆弾はもう作動しない。僕が破壊したから」
そう云った。――危険の中に、自らを置いたのだと云う事だ。
「きつい事、云いましたけど」

出来たら、一緒に、日常に帰りましょう。 ――護るべき日常が、あるのなら。

微笑みながら云って。
足を引きずりながら、彰は森の闇に消えた。

七瀬は、その青年の後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
なんていう、強い決意を持った人だろうと、強く、そう思った。
自分も、立たなければいけない。
自分の、先の決意の甘さを思い知る。そうだ、守るためには、取り戻すためには戦うしかないんだ。
人と戦うんじゃない、運命と、非日常と戦うのだ。
護るべき日常はもうない。
でも、確かにあった日常の為に。

耕一は、打ちのめされていた。
そうだ――燻っている俺は、非日常から誰かが救ってくれるのを待っているだけの馬鹿じゃないか。
護るべきものはある、俺は、立たなければいけない。
日常はすぐ手の届くところにあるんだ。
俺が立てば、すぐ届くような所に。

彰は足を引きずりながら、早く捜さなければ、と思っていた。
一緒にいる筈の友人二人よりも、今は、一人でいる筈の初音を――
自分の日常はもうない。
けれど、せめて、彼女の日常くらいは、護りたい――

光が射してくる頃、二人の決意は漸く、断固たるものになった。
荷物をまとめ終わり、二人は立ち上がった。
「するべき事は多いけど、――初音ちゃんは、彼も、千鶴さん達も捜しているらしいから」
口惜しそうに、耕一は言葉を漏らした。
反論できなかった。どうして、一番大切なものを、護ろうとしなかったのだろう?
だが、今自分がすべき事は、日常に戻るための布石を張る事。
何をしよう? と訊ねると、七瀬はまっすぐとこちらを見据えながら、
「里村さん、っていう――亜麻色の髪の、お下げの女の子を捜したいの」
そう云う七瀬の右手には、ナイフがあった。
――それは、折原浩平の血の付いた、哀しい刃物。
彼女がそれを握りしめているのは、たぶんそれが、彼女の強い決意の象徴だったからだ。
先の青年に、彼女は明らかに啓発されていた。
「そうだな……殺人者を止めなくちゃいけない。――行こう」
それが多分、一番の近道だ。

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