天を衝く剛拳! 疾風の攻防
蝉丸は左手を前に、右手を顎に添えた構えをとる。
対して源四郎は完全な左半身。
一見した敏捷性は、蝉丸に分があった。
「……ふっ」
鋭い呼気。スピードに分があると自身も踏んでいた蝉丸は、先制攻撃を仕掛けた。
タンッッッ!
軽やかなステップで、蝉丸が源四郎の間合いに入る。
踏み込んだ右足を軸に、顔をめがけた一撃を繰り出した。
「しっ!」
無声音の掛け声。
だがその一撃は源四郎に当たらない。
寸瞬、源四郎は打ち出された蝉丸の右腕を左手で突き上げ逸らす。
軌道を逸らした突きは、そのまま自分の態勢を崩すことにつながった。
「ぬるいわっ!」
源四郎は正拳突きの要領で右手を突き出し、それを高速で引き戻した。
体軸をずらし引き戻された腕、その”肘”が蝉丸の肩口を捉える。
……それは、変形の肘打ちであった。
「がっ!?」
蝉丸はそのまま前のめりに突き進み倒れ……ない。
喰らった攻撃の勢いと自分の拳速に任せて、自分からその方向へ流れたのだ。
蝉丸はそのまま源四郎から間合いを取った。
「ふむ、正しいな」
源四郎は再び元の通り構えなおす。
「崩れた体をあえて戻さず、以って打撃の効果を半減させる。……及第点だ」
距離約4メートルが開き、蝉丸もまた態勢を取り戻していた。
やはり……と言えばよいか、いや、違う。
明らかにこの老人――とはとても思えないが――の実力は自分の予想を越えていた。
侮ったつもりも、奢っていたわけでもない。
だがあるのだ、こういうことは。
戦法を……変えよう。
「……強いな」
「それ由が取り柄なのでな」
蝉丸の目がぎらりと光る。
それは萎縮した子羊ではなく、獲物を狙う狼の目だった。
「(・∀・)ほえぇ……」
月代はすっかり傍観者と成り果てている。
一瞬の攻防が速過ぎた為、月代にはうまく理解できてはいなかった。
そう……、なにやら蝉丸が走っていって、そのまま源四郎の側をすり抜けていったような。
それくらいにしか思えなかった。
「(・∀・)……ん?」
キュッキュッと何かがこすれる音がする。
小さい、とても小さい音ではあるが、確実に耳に入る音。
これは……蝉丸?
蝉丸は静かにタンブリングしていた。
瞬時に全身のばねを開放し、最高速で動くための前準備である。
またもそれに対しての源四郎の姿勢は完全な硬直。
だがその間合いには不思議と死角と言うものが見出せない。
見出せないならば――。
ヒュウゥゥゥゥゥ……。
蝉丸は一つ、長く息を吸い込んだ。
爪先に、そして全身に力が込められる。
タンッッッ!
――自ら造るまでだ。
再び蝉丸が源四郎に迫る。
足並は忍者のごとく静かに、そして速い。
そこには、攻め手に伺えるはずの隙など微塵も感じられない。
狙いは、突き出すように構えられた源四郎の右腕。
先の先を取ろうとする蝉丸の攻撃は、いつも以上に速い。
ぶんっ!
脇を締め、空気を振るわす高速の一撃を放った。
この攻撃、返しを取ることは容易ではない。
だがその右突きは源四郎を捉えられない。
半歩、音も無く体芯をずらすことで、源四郎は見事その攻撃を避けて見せた。
さらにそこから、逆に必殺の右直突きを決めようとする。
ブウンッッ!
拳速拳圧ならば、明らかに源之助に分が合った。
しかしその一撃もまた外れる。
「ぬぅぅっ!?」
蝉丸は右溜めに体を沈め、源四郎の一撃をやり過ごした。
――できたぞ、途が。
全身の関節の溜めを一気に開放し、伸び上がるような左アッパーが放たれる。
びしぃぃっ!!
凄まじいスピードを伴った一撃が、とうとう源四郎の顎を捉えた。
「(・∀・)やった!」
月代の傑出した感覚は、徐々に二人の戦いを捉えていく。
蝉丸の一撃が当たったと言うことを単純に喜ぶ月代。
だが、闘いはまだ始まったばかりに過ぎないのだ。