夜明けの死闘〜一触即発〜
「やけに自信満々じゃねぇか…」
御堂が銃口を男の頭に定める。
「そうですね…とりあえず自己紹介しときましょうか。
HMシリーズというメイドロボを作った、来栖川HM開発部の主任、長瀬源五郎と申します。
で、こっちがそのHMシリーズの量産型、HM-13型ですな」
その声に答えるように、HM-13が軽く会釈をする。
「高槻という男…ご存知ですか?
あの男、偽者な上に無能でねぇ……本物の高槻はたいそう使える男だったのですが……」
「偽者だぁ?」
「ええそうです。奴等はクローンでしてね――いや、あいつら複数いるんですけどね。
これも我々来栖川グループが造ったんですよ。いや本物そっくりに見えるけどやはりだめですな。
本物には遠く及びませんでした。
やはり今の我々では思考回路の応用までの完全クローン化は無理ですな…ははは…」
男が情けなさそうに笑う。
「このHMのようにロボットの感情を排除して造るならば可能なんですがね。
ああそうだ、余談ですが、参加者の中にマルチ、セリオという2体の試作型が混じっていたんですよ。
こいつらには――特にマルチですが――特別に感情を入れておいたんですが…
やはりこと戦場においては感情はマイナスなんですかねぇ…もう壊れてしまいましたね。
…上もつらい命令を出してくれるね。いくらバックアップをとっていると言っても
再び命を吹き込むのにどれだけのお金がかかることやら。
もう借金地獄ですよ、ははは…………はぁ……」
落胆したように呟く。
「おめぇ、何が言いてえんだ?愚痴をこぼすために出てきたのか?」
御堂のトリガーにかけられた指に力がこもる。
「まあ、そうあせらないでくださいよ」
源五郎は武器を持っていないことを示すように、両手を広げアピールする。
「まあ、何が言いたいかというと、高槻が無能だったおかげで見ているだけにはいかなくなったんですよ」
「本来なら手を出したくはないんですけどねぇ。あなたは有望株ですし。
いや、闇の世界の娯楽としてこのゲームはトトカルチョも行われているんですが――もちろん
それ自体に意味はありませんけどね。ただの余興みたいなものです。
御堂さん、あなたかなり期待されてるみたいですよ。
柳川さんと岩切さんと安宅みやさん――の三人ははすぐ死んでしまいましたが――
それに坂上さん、御堂さん、そして水瀬秋子さん…このへんが本命クラスですよ。
特にあなたはいつでも笑って人を殺せる殺人マシーンとして期待されていたんですが…」
そう言って、単車の陰にいる詠美に冷たい視線を向ける。
「ひっ…!!」
「と、まあ…あなたなら簡単に殺せそうな女がそこにいるわけですが…
一つ質問です…どうしてその少女を生かしてるんですか?
それだけじゃない、この島では誰一人として殺めていない……
らしくないんじゃありませんか?」
値踏みするように御堂を見やる。
「……おめぇに言う義理はねえな」
ひょうひょうと御堂。だが、たとえ答える気があったとしても答えなんか出はしななかった。
「そうですか。では質問を変えましょうか……ここで我々は何をしていたと思います?
先ほどの放送で言いましたよね、『一切の手出しをしないことを約束する。
脱出の可能性もないことはないが、
それを試みた場合は容赦なく戦うのでそのつもりで』と」
「……つまり脱出を試みた俺達を殺そうってハラか?」
「違いますよ。言ってませんでしたが、脱出もまた一つの賭けの対象なんですよ。
我々に被害が及ばない限り一切の手出しはしない…ということです。
おかしいでしょう?それならわざわざ自分からあなた方の所に出向いたりしないですよ、ははは…」
その笑い方は御堂を非常に不愉快にさせた。
「なら、こちらも質問してやる…何しに来やがった?」
銃口の向こうの男の目を睨みつける。
「言っとくが…ヘンな気は起こすなよ…俺はこの距離からはずさねぇぞ。
なんせ、銃の腕はプロ級だからな」
横文字を使ってしまった。なんとなく現代社会に侵されている感じを覚え、御堂は吐き気を催す。
「知ってますよ御堂さん、あなたのプロフィールはあらかた調べ尽くしてますから。
強化兵でなくても力強いその言葉。さすが賭けオッズトップクラスの男なだけありますよ
まったくもって恐れ入ります」
源五郎が頭を掻く。
「動くんじゃねぇ!!今度動けば撃つ」
「あなたがそう言うなら今度は撃たれるでしょうね…ところで煙草は吸いますか?
私も今ちょっと吸いたい気分なんです…言ったそばから悪いんですがちょっとだけ動きますよ」
「……」
男が火をつけて煙を吐く。御堂はいつでも撃てるようにしながら間合いを1歩広げる。
「まあ、それでですね……何しに来たか…でしたね?ええ、分かってますよ。
言った通り、脱出を試みた場合本当に最後の最後まで手出しはしません。
今あなた方に危害を加えるのは本来ルール違反なんです。
ですが……」
男が煙を一気に吐き出した。
「触れてはならない領域があるってことですよ」
「つまり…その岩山に隠された施設に脱出…いや、ゲームを完全にぶち壊す鍵があるってことかい?」
「……」
男の余裕の笑みが消え、顔をしかめる。
「少々喋りすぎたみたいですな…失敗ですよ…お遊び程度に5つの鍵を入れてしまったことが
そもそもいけなかったのかもしれませんね」
それはCD。詠美もまたそれを一枚持っているのだが、源五郎も御堂もそれを知らない。
詠美自身も、まさか自分がその鍵の一つを持っていることに気づかなかった。
「で…おめぇはここでゲームオーバーだな」
御堂が鼻を鳴らす。
「確かにここではまだ参加者は殺してねぇな。だがっ!」
御堂の気に、声に殺気がこもる。
「おめぇを殺るのに躊躇はしねぇぜ」
「……ああ、そうそう、もう一つ言い忘れてました」
源五郎はその威圧をさらりと受け流して答える。
「このHM-13、量産型と言ってましたが…厳密には違うんですよ。
サテライトサービスってご存知ですか?
通常のHM-13シリーズであれば誰でも受けられる有用なシステムでしてねぇ…
衛星を通して戦闘用プログラムをダウンロードすれば
一気に一流の戦闘マシーンに早代わりですわ。
いわゆる一つの即席ターミネーターですな…でもねぇ…」
源五郎は落胆する。
「ここ…結界が張られていますよね…強化兵としてのあなたもその力を発揮できない結界が」
「……」
御堂は眉をひそめた。
「サテライトサービスも受けられないんですよ…通常のHM-13シリーズ量産型は
この島ではただのよく動くメイドロボに変わってしまうんですよ……」
「……」
「こいつは少し改良加えていましてね…ボディの装甲はたとえ大砲の弾が当たっても破壊できない優れものです。
戦闘用ボディとでも申しましょうか。
それにね…ダウンロードではない、最初から組み込まれているプログラムがサテライトサービスで
ロードされる戦闘プログラムなんです…だから結界内部でもあなたと同等、あるいはそれ以上の動きを
見せてくれますよ」
そして、値踏みするように言い放った。
「それとですねぇ…坂上さんですが…もう駄目かもしれませんよ?」
「なんだと!?――坂上がどうしたって言うんだ?」
「今ごろ私の父さんが戦っているはずです……殺してしまったかもしれませんねぇ」
「……その前におめぇは死ねや!」
源五郎の言葉が終わるか終わらないかの内に、御堂の弾丸が火を吹いた。
ガイィン!!
脳漿が弾け飛ぶ音ではなく、金属音が響く。
「……」
HM-13の手が、源五郎の頭に届く前に手でそれをさえぎっていた。
その手には傷一つない。
(おいおい、マジかよ…)
普通なら貫通して男の頭を直撃していたはずだ。
御堂は1歩後退した。
「いくぞてめぇ等!!」
一気に反転、詠美を腕に抱き、単車を走らせる。
「ちょ、ちょっ――!」
ことの成り行きを震えながら見ていた詠美は叫ぶ――が、エンジン音にかき消された。
単車を反転させながら猫と毛玉の尻尾を同時につかむ。
「やれ、HM」
「はい…」
源五郎の言葉に合わせるようにぱっとHMの手の中に銃が現れる。
腕の内側にローラーがついており、いつでも体内から装備された銃を射出できるよう造られていた。
「目ぇつぶってろ!」
そう叫びながらその銃に一発!
「……!!」
HMの持っていた銃が一瞬にして弾き飛ばされる。
「目標捕捉」
しかし、HMが無手だったのも一瞬。
再び射出された銃が手の中に現れる。
その一瞬で御堂達を乗せた単車は一気に二人の間を走り抜けた。
「……追いますか?」
「ああ、男だけでいい。女は放っておけ、地獄の果てまでも追い詰めて――殺せ」
「了解しました」