鬼追人。
その放送を聞いた彰が感じたそれは、多分――勝利の感情だった。
「爆弾は解除したんじゃない」
解除、させられたんだ。
楽しませろ、だって? 言葉とは使いようだ。
爆弾がない今、脱出はしようと思えば簡単に出来るじゃないか。
ともかく、これで自分が爆弾について他の人間に伝える必要はなくなった。
気になったのは、高槻がゲームの参加者に堕ちたのだ、と言う事。
彼が堕ちた事ではなく、彼が生きている事が何より不思議だった。
確かに自分は彼を殺した筈だ――
あれは影武者だったのだろうか? 考えていても埒があかない。
しかし彼――高槻に関して言えば、間違いなくやる気になっている筈で。
警戒の必要はある。――まあ、もう一度、殺してやれば良いのだが。
痛む足を引きずりながら、漸く森を抜けた。少し移動するのにもひどく時間を食ってしまう。
初音が先の場所にいなかった為、思った以上の時間を食っていた。
広がった視界の遠くには、海。朝陽と共に、永遠に広がる海を見た。
初音ちゃんを護らなければいけない。
間違いなく一人でいる筈の、か弱い子供を、早く見つけて、そして。
現実とは、現実というものが何かと考えた時に現れる幻想。
そんなものは、実際存在しない。
――何かのミステリーの、うろ覚えの一節だった。
「現実なんてものは存在しない」
そうさ。この世にあるのは、過去と、未来だけだ。
大切な人をなくした。
ずっと好きだった人を。
護れなかった自分。
日常とは何だ?
自分が護らなければいけないと思っていた日常とはなんだ?
美咲さんと、冬弥と、由綺と、はるかと、皆と、共に暮らした日々。
現実というものが存在しないのなら、日常なんてものはそれこそガラス細工のようなものだ。
――そう。
日常とは、昔、確かにあったもの。
それを護りたいから、僕は戦ってきたのだろうか?
半分はその通りだろう。
――後の半分は、未来にも続くはずだった日常。
それを護りたかったから、僕は戦ってきたんだ。
だとしたら、僕はずっと前に、取り戻すべき半身を失っていたようなものじゃないか。
何を今更、と彰は自嘲気味に呟いた。
喩えここから生きて帰れたとしても、本来ならある筈だった日常など何処にも無いだろう。
好きだった人もいない。親友もいない。
ならば自分がこの非日常から舞い戻ったとして、何の意味を為すのだろう?
初音という子の日常のために、自分は戦ってきた。
最初は皆が、自分も含めて、日常に帰れるように。
美咲さんが死んでからは、自分が死んででも、彼女の日常を護るために、と。
けれど、
初音も、自分も、皆、帰れたとして、
そこから続いていく日常とは、何なのだろう?
日常に帰るために人を殺した自分は、皆は、――それを忘れて、新たな日常を作り出せるというのだろうか?
それは、果たして日常なのだろうか? ずっと非日常の中で自分たちは暮らす事になるのではなかろうか?
考えると、――きりがなかった。
自分の頭を交錯する思念は、自分の、何かに対する決意を、明らかに鈍らせていた。
とにかく、初音を見つけなければいけない。
すべてはそれからだ――
まだ次の放送は入らない。初音は無事なのだろうか?
穏やかな微睡みとともに、朝陽はその果てから、天空へ上り詰めるために、真っ白な姿をじりじりと現した。
――彰が次の瞬間、そそくさと身を隠したのは、少し離れたところから気配を感じたからだった。
彼らが、戦う気になっていないとは限らない。
意識が飛びそうになるのは、やはり、血が足りないからか?
マトモに飯が喉を通らなくなっているのも原因だろう。
だが、今は意識を失うわけにはいかない。
必死に視界がぼやけるのに耐えながら、その気配の主に気を払った。
そして、十数メートル離れたところから姿を現したのは、――小柄な少女の手を牽きながら歩く、
自分と良く似た作りの顔の少年――七瀬彰の従兄弟、長瀬祐介(064番)だった。
「祐介、くん?」
不用心に姿を現した自分の顔を見て、彼もまた、驚いたような顔を見せた。
「彰、兄ちゃん?」