おもひで/陽のさす場所
夜明けが近いのか、東の空が徐々に赤く染まって行く。
そんな中で、一人の女は、穏やかな想い出を反芻していた。
最初は、正直鬱陶しい存在だった。
自分にとって絶対であるFARGOに、入信しておきながら不快感を見せる少女。
それは、自分を否定されるのと同じで。
同じAランクでありながら、自分にとって彼女は忌み嫌う存在であった。
そんな彼女から、ある日受け取ったもの。
四角い、小さな携帯ゲーム。
それは自分が遥か昔に置いてきてしまった、日常の欠片だったのかもしれない。
だからこそそれも、自分にとって不快感を感じさせる代物だった。
だけど。
どんなものであれ、人から贈り物をされる、と言う事が凄く久し振りで、
どうしても捨てる事が出来ずに、部屋の隅に置いておいた。
次の日、携帯ゲームの感想を聞いてくる彼女に、とってある、と言うのも癪で、捨てた、と言った。
彼女の残念そうな表情が頭から離れなかった。
その日、彼女があんな顔するから、と言い訳して、携帯ゲームを手にとって、やってみた。
単純なブロックゲームだったけれど、面白かった。
ボタンが磨り減って、電池が消えかかるまでやってから、何食わぬ顔で、彼女に返した。
彼女は少し驚いたような顔をしてから、嬉しそうに笑った。
彼女は、私の知らない事を沢山知っていた。
食事時の僅かな時間を使って、彼女は私の知らない事を教えてくれた。
ゲームセンター、という所に行こう、と約束もした。
ただ訓練を繰り返す単調な毎日の中で、彼女と話す時間は、楽しく、心安らいだ。
……だが、その日々は突如終焉を迎える。
このゲームの開催だ。
「郁未さんの話…もっと聞いて見たいですね」
この胸の中に残る確かな思い出を反芻し、
誰に言うでもなく、鹿沼葉子(022番)は呟き、微かに笑った。
今はまだ、死ぬ時では無いのだ。
私も、郁未さんも、他の参加者たちも。
死ぬには、それぞれの人間にとってもっと相応しい場所が有る筈だ。
だが、FARGOの主には、その慈悲が無かった。
失望した、いや、もしかしたらずっと前から気付いていたのかもしれない、このFARGOという組織の実態に。
でも、自分にはこの場所しか無かったから。
この世に一人残った肉親、母を殺したその日から、私は一人だった。
この場所を離れてしまったら、自分は路を無くしてしまうから。
だから、気付かない振りをしていた。長い間。
だけど……今は違う。
彼女によって、私は「外の世界」に興味が沸いた。
FARGOという閉じた世界から抜け出して、
自分の体で、外の、広い広い世界を感じたい。
彼女と、いっしょに。
だから、私は死ぬわけにはいきません。
郁未さんを、死なせるわけにもいきません。
そして、それを達成するための一番の障害は――
高槻。
…やはり、彼は危険です。
追い詰められた獣は怖いとも言いますし、悪知恵だけは働く男ですから。
…それに、一人なら何とかなるかもしれませんが、
クローンが何人居るかも分かりません。
泳がせておくと、いずれ厄介な事になるかもしれませんね…
早急に対処する必要があるようです。
だが……
今の自分には、武器が無かった。
あるのは胸に潜ませている紙…少年から受け取った反射兵器1枚。
文字通り弾丸を反射できるとはいえ、これは基本的に防御兵器でしかないし、
だいいち1枚じゃ1回ポッキリの使い捨てだろう。
不可視の力があるとはいえ、制限のかかったこの状況では、せいぜい常人より多少マシ、といった程度だ。
それを考えると、返す返すも少年に槍を折られたのが悔やまれるが、後の祭だ。
(先ずは、武器、ですか……)
そこまで考えてすっく、と立ちあがる。
「とりあえずは、住宅街の方へと行ってみましょうか…」
そして、歩き出す。
これから作られる、思い出の為に。
彼女の後ろから、朝陽が暖かな光を投げかけていた。
【鹿沼葉子 高槻を討つための武器調達のため、住宅街方面へ】