血塗られた花嫁


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祐一はどこにいるんだろう?
祐一はどこで私を待っているんだろう?
会いたいよ……祐一。早く会って、そして。
結婚式を、挙げよう。
祐一と一緒に、お母さんも待っているよね。
そして私と祐一が「結婚する」ってお母さんに言ったら。
お母さんはにっこり微笑んで、「了承」って言ってくれるよね。
ああ、会いたいよ祐一。
早くはやく。けっこんしきを、あげよう。


 虚ろな目で歩く水瀬秋子(090番)を、御堂(089番)と大場詠美(011番)が
近くの雑木林から息を殺してじっと見つめていた。
 無理矢理地面に這い蹲らされて、御堂に不満を漏らそうとした詠美だったが、
その人物のあまりの姿にあんぐりと口を開けて見送るしかなかった。
「何アレ……あの人がおんぶしてるのって……死体?」
「喋るな」
 御堂は詠美にそう言い放つと、秋子をじっと見送る。
『大した戦闘能力は持ってないみてぇだ。だが、既に精神がイカれてやがる』
ああいう手合いは、戦闘時には案外厄介なシロモノと化す。……いろんな意味で。
 倒せない敵ではない。が、傷が癒えぬ今は無理をする必要もない。そう御堂は判断するとやり過ごすことに決めた。
 それに、背負ってる死体。雰囲気(とは言っても、既にその顔は判別できるものではない。
詠美が卒倒しなかったのは、ある意味立派だと御堂は思う)から見て、あの女の関係者だろう。
恐らく、妹か娘。そう考えると御堂にある感情が生まれてしまう。それを御堂は認めたくなかった。
『ちっ、全く。この島に来てからどうかしちまってるぜ俺はよぉ。……倒す相手の都合を考えちまうなんてよ』

「……ねぇ、ねぇ」
 つんつん、と詠美が肘で御堂をつっつく。御堂は秋子から目を逸らさずに聞き返す。
「なんだ? 静かにしろと言っただろうが」
「でも、猫、あっち行っちゃったよ?」
「!?」
 慌てて見ると、そこにいるのはぶるぶると震えているポテトだけ。
 ぴろは――懐かしい水瀬家の匂いを嗅いだのか、秋子の元へ走って行った。

「あ、ねこ」
 ぴろを見た秋子は、ぱあっと顔を輝かせる。
「ねこー、ねこー」
 おいでおいで、と秋子は手招きをする。それを見たぴろは、突然ぴたりと立ち止まった。
「あ、ぴろだ」
 と、秋子はやっと気づいたのか、猫の顔をじっと見つめて、にっこりと笑う。
「一緒に来てくれるの? 私と、祐一。二人の結婚式を祝ってくれるんだね」
 ぴくん、とぴろが跳ねた。
「さ、いくよ。いっしょにゆういちにあいにいこうよ」
 しゃがみこんで、ぴろに手を差し伸べる秋子。はずみで、背中のソレがずるりと落ちそうになった。

「どーするのよ?」
「ほっとく。あの猫はあの女の飼い猫だったらしい。飼い主の元に戻っただけだ」
 詠美の問いに、あっさりと御堂は言う。
「でも、あの猫、嫌がってるみたいだよ」
「見りゃわかる。懐かしくなって行ったはいいが、近づいたらバケモノでした、ってか」
 ち、と舌打ちをする。全くあのバカ猫は、迷惑ばっかり掛けやがる。

「よう。アンタ、何してるんだ?」
 ぴろと秋子のにらめっこ。それに終止符を打ったのは御堂のその声だった。
詠美にじっとしてろと言い含めて、秋子の前に姿を見せたのだ。
鋭い視線を秋子に投げかけながら。そして、右手の武器の感触を確かめながら。
「ん?」
 すっと、秋子が御堂を見る。そして、にこりと笑った。
『ちっ。マジでイっちまってやがるな。このバカ猫、面倒かけんじゃねぇ!』
 御堂は一人ごちながら、秋子の武装を確認する。――死体を背負ってるためか、
武器は手にしてないようだ。ひょっとしたらポケットに何か隠し持ってるかもしれないが、
死体を下ろして構えるまで時間がかかるはず。……俺の方が、有利だ。
「さがしてるんだよ、ゆういちを。ゆういちと、けっこんするの」
「ほう、ここでか?」
「うん。だって、7年も待ったんだよ。もう私、待てないよ」
「で、その猫はどうするんだ?」
「ぴろ? ぴろは、祝福してくれるの。私と、祐一の結婚を」
 にゃーにゃーと鳴く猫においでおいでしながら、秋子は続ける。
「おじさんも、祝福してくれる? 私と、祐一の結婚」

「で、なんでお前もついてくるんだ? じっとしてろと言っただろうが」
「あ、アンタはあたしのしたぼくなんだからね! 勝手にどっか行っちゃダメなんだから!」
「へいへい、わかりましたよ。ったく、危険に自分から身を突っ込むなんて馬鹿だな」
 かちん。
「何よ! アンタだって同じでしょぉっ! このばかばかばかあっ!」
「わめくな。……全く、その通りなんだからよ」

『私、祐一を探してるんだ。一緒に探して、そして私と祐一の結婚式に参加してくれないかな?』
『ほら、祝福してくれるほうが、私も嬉しいし。大丈夫。祐一もお母さんもきっと了承してくれるよ』

 水瀬名雪と名乗る、女性の申し出。しばし考えた後、御堂は、
「そうだな。一生に一度の晴れ舞台だもんな。拝めるなら見てみたいもんだぜ」
 と、参加を決めた。
 そうして今、秋子を先頭にして、御堂と詠美、そしてぴろとポテトが後を追う格好で
一向は林の中を進む。

「んで、どうするの? この人が言ってる、ゆういち、って人を探すの?」
「さあな」
「何、投げやりになってんのよ。ついてくって決めたのはアンタでしょ!?」
「ただの気まぐれだ」
 そうは言ってみたが、御堂はどうしてこんな酔狂なことをしてるのか正直見当がつかなくなっていた。
 身の安全のため? 馬鹿か。だったらじっとしてた方がいい。
 この女を利用するため? 確かに、先程の施設を再襲撃するのであれば別のアプローチが
必要だろう。だが、この女が何の役に立つ? せいぜいが弾除けじゃねぇか。
 じゃあ、なんで俺はこんなことをしている?
 ――と、ひとつ思い当たる節があった。が、御堂はそれを認めたくなかった。
『ちっ、そんなワケがあるか。そうだ、ただの酔狂だ。暇つぶしにこの女の行く末を
見てやるだけさ』
 その女性は、にこやかに笑って振り返った。
「わぁ、いっぱい。きっと祐一も喜んでくれるよ」
 ただ。その原因であろうソレ。
 背中に背負ってる死体のことについては、ついぞ問い正すことは出来なかった。

【御堂(089)、大場詠美(011)。水瀬秋子(090)の「結婚式」のため一緒に行動】

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